富士フイルムが注力する半導体材料事業
富士フイルムは9月29日、同社の半導体材料事業に関する説明会を開催し、2030年度(2031年3月期)の売り上げ目標5000億円達成に向けて注力するCMPスラリの最新の取り組みなどについての説明を行った。
同社の現在のビジネス領域は大きく分けて「ヘルスケア」「エレクトロニクス」「ビジネスイノベーション」「イメージング」の4つ。2024年度の全体売上高3兆1958億円の内訳としては、ヘルスケアが1兆478億円、エレクトロニクスが4076億円、ビジネスイノベーションが1兆1985億円、イメージングが5420億円となっている。エレクトロニクス分野は売上高はほかの事業分野と比べると低めながら、営業利益は753億円で利益率18.4%と、利益で見ると全体に占める割合は22.7%と存在感を発揮する事業となっている。
半導体材料事業のみをそこから切り取ると、2024年度の売上高は2504億円と大きな割合を占めている。同社は、半導体市場の成長とともに成長が期待される半導体材料市場を自社のポートフォリオの中核をなす次世代・成長事業と位置づけ、2025年度から2026年度までの2年間で1000億円以上を設備投資とR&Dに投じることを計画。中でもCMPスラリは、売上高2504億円の25%を占める中核製品であり、同社が掲げる「ワンストップソリューション」と「地産・地消・地援」という事業戦略のうちの地産地消地援のモデルを具現化した存在でもあるという。
半導体材料事業の中核を担うCMPスラリ
CMPはChemical Mechanical Polishing(化学的機械研磨)の略称であり、文字通り化学的な反応とCMPパッドと呼ばれる研磨盤による機械的な研磨を活用することで半導体の表面を平坦化するプロセス。CMPスラリは微細な砥粒と化学反応を起こすための薬液を混ぜたもので、それぞれの平坦化プロセスに適したものが提供されている。その中でも同社は配線層形成プロセス向け、特に銅配線用スラリでシェアトップ(Cuバルク用で46%、Cuバリア用で46%)を獲得し、グローバルのCMPスラリ市場でもシェア2位に位置しているとする。




CMP工程は、薬液(砥液)と研磨のための砥粒を用いた研磨パッドでウェハ表面削ることでナノオーダーの平坦化を実現するもの。1980年代にIBMが導入したのが最初で、それまではリフローやエッチングによる平坦化がなされていたが、きれいな平面を形成するのが難しく、半導体の高性能化の妨げになっていたのを解決する手法となった。90年代に後洗浄を一体化することでクリーンルーム内に設置できるCMP装置が開発されたことで、素子同士の干渉を防ぐシャロートレンチアイソレーション(STI)や、Cu配線形成に活用されるダマシンプロセス(デュアルダマシンなども含む)と呼ばれる多層配線を可能とする技術が実用化されることとなった。研磨パッドにはポリウレタンが使われることが多く、パーティクルの残渣や研磨の傷(スクラッチ)などの課題があったものの、後洗浄やスラリの改良などにより解決が図られてきた。主に130nmプロセス以降の配線材料として活用されてきたCu配線の場合、Cuだけで配線を形成しようと思うとシリコン中にCuが拡散して汚染してしまい、まともにトランジスタが動かなくなる問題が生じていたが、その解決手法としてTaN/Taなどを用いたバリア膜(バリアメタル膜)をシリコン表面に形成し、その中にCuを埋め込む手法が考案され、この場合、バリア膜の研磨とCu配線そのものの研磨の両方を行う必要があり(プロセス的にはその間にSiOなどを用いた絶縁膜も形成されるが、そこも含めてバリア絶縁膜という扱い)、そこで富士フイルムが存在感を示している
同社の強みは、それぞれの顧客の半導体工場にマッチしたCMPスラリを、工場の近くに拠点を構え、そこで製造し供給する点(地産地消)。近くの拠点からはCMPスラリの供給のみならず、顧客が抱えるCMPプロセスの課題に対してのサポートなども行う地援を推進する体制が構築されており、そうした顧客と二人三脚での製品開発やトラブル解明などを積み重ねてきたことで信頼を勝ち得てきたことが今のポジションを生み出したとしている。
こうした取り組みから現在、CMPスラリの生産拠点は日本の熊本工場、台湾の新竹市(第1工場、第2工場。2026年末には第5工場も新設される予定、同工場は計画発表時は2026年春の稼働開始予定だった)ならびに台南市(第3工場)、韓国の天安市、米国アリゾナ州、欧州(2026年春にベルギー・ズウェインドレヒトエ工場での生産開始予定)と半導体工場の近くに構えられており、それぞれの顧客が要求するプロセスに適したCMPスラリを供給している。
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同社の地産地消地援のビジネスモデルの大元となったとされるCMPスラリ事業。もともとは米国の工場から台湾にCMPスラリを輸送していた時代があり、その輸送時間などの課題解決として台湾で生産を開始し、先端プロセスに向けたCMPスラリを一緒にファウンドリと協力して開発していこうとなったのが同ビジネスモデルの第1号となり、この時の情報交換などが後々のモデルの礎となっているという
また、ワンストップソリューションとして単にCMPスラリだけを提供するのではなく、その前後の工程で必要な材料も買収含めて強化を進めてきた。2010年にはCMPスラリの製造・販売子会社であった米国の「Planar Solutions」を完全子会社化したほか、2019年にはポストCMPクリーナーと呼ばれる、CMPで研磨した後の残渣をクリーニングするための洗浄液をてがける富士フイルム和光純薬の半導体材料事業を統合。近年のプロセスの微細化の進展により、よりシビアに残渣を除去する必要が生じていることを受けてパーティクルフリー、微量金属フリー、有機物フリーを達成するバフ洗浄液(バフクリーナー)も提供するようになってきた。
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CMPスラリに加えてバフクリーナーやポストCMPクリーナーなども一気に提供できるようになったことで、CMPスラリで解決してもらいたい、ポストCMPクリーナーで解決してもらいたいといった、互いの性能のズレからくる課題が1社で対応できるようになり、顧客のもとめる平坦化ニーズに高い性能で答えることができるようになったという
さらに、高度化する顧客にニーズへの対応としてAIを活用したシミュレーション技術なども駆使し、化学的なCu表面の反応時にCuがどのように摩耗していくのかを調べたり、ウェハ全体の流体挙動を把握したり、微小なパーティクル(ゴミ)の有無を数千枚規模の微細領域まで撮影可能な電子顕微鏡写真から自動で判別できるようにするなどといった取り組みも推進してきているという。
先端パッケージング向けCMPスラリの販売を開始
加えて、プロセスの微細化が物理限界を迎えつつある近年、さらなる半導体の高性能化実現に向けて注目される先端パッケージング分野でもCMP工程が活用されるようになってきたが、従来は基本的には前工程用のCMPスラリが用いられ、必ずしも先端パッケージングにすべての特性が合致したものではなかったことを受けて、先端パッケージングの1種である「ハイブリッドボンディング」向けCMPスラリを新たに開発し、販売を開始したことを同日付で発表している。
ハイブリッドボンディングは、従来のバンプによって接合を行っていたフリップチップボンディングに対して、銅や絶縁体の直接接合により、10μm以下のピッチを実現できるパッケージング技術。より高密度な集積が可能で、これにより電気の移動を減らし、消費電力の削減と電気的性能の向上、熱特性の改善と耐久性の向上、多様なチップの統合、製造効率の向上などのメリットが期待されている。
すでに大手半導体メーカーが採用を決定済みとするほか、先端パッケージングの別の工程である再配線層(RDL)やマイクロバンプなどに向けた最適なCMPスラリをハイブリッドボンディングで培った技術をベースに開発、販売を行っていき、2030年度のCMPスラリ売上高の2割を先端パッケージング向けで占める規模にまで成長させることを目指すとするほか、ロジックならびにメモリの先端プロセス向けCMPスラリも進化を継続させていくことで併せて2030年度までにCMPスラリ市場でシェア1位(30%以上)の獲得を目指すとしている。





