北海道大学(北大)は7月9日、南太平洋・ニューカレドニアの深海から採集された魚類標本に基づき、ツキノワガレイ属の新種のカレイを発見したと発表した。

加えて、同海域からはこれまで数例しか記録のなかった2種のツキノワガレイ属も発見し、そのうち1種について生じていた学名の混乱を分類学的に整理したほか、7か国13機関に所蔵されるツキノワガレイ属の標本の観察結果に基づき、同属の分類に有効な形態的特徴を改めて整理したことも併せて発表した。

  • ツキノワガレイ属の新種「Samariscus musorstomi」の標本

    今回発見されたツキノワガレイ属の新種「Samariscus musorstomi」の標本画像。(出所:北大プレスリリースPDF)

同成果は、北大大学院 水産科学院の小幡光汰大学院生(研究当時)、同・河合俊郎准教授、北大の尼岡邦夫名誉教授らの研究チームによるもの。詳細は、英国水産学会が刊行する、魚類学を扱う論文誌「Journal of Fish Biology」に掲載された。

ツキノワガレイ属の形態的特徴も整理

インド洋から太平洋にかけての熱帯域は、海洋生物の種多様性が世界で最も高い海域の1つだ。人間活動に対する海洋生態系の脆弱性を評価するには、基礎的知見として種多様性の情報が不可欠となるが、同海域ではその知見がいまだに乏しく、中でも水深200m以深に分布する深海生物においてはそれが極めて顕著だという。深海の未利用資源の開発が活発化する中、同海域の深海底における漁業・鉱物採集を持続可能な形で営むためにも、同海域を対象とした種多様性研究の重要性が増している。

ツキノワガレイ属「Samariscus」は、インド太平洋熱帯域の深海を中心に約20種が知られる小型の底生性魚類だ。研究チームの河合准教授は以前、フランス主導で1970年代から実施されている深海生物調査プロジェクト「MUSORSTOM」(現在は「Tropical Deep-Sea Benthos Program」)によってニューカレドニアから採集されたサンプル中に同属5種を確認。そのうちの2種を、ヒラメ・カレイ類の分類が専門で、20種以上の新種を発見してきた実績を持つ尼岡名誉教授と共に新種として発表していた。

しかし、同属には採集記録が乏しい種類が多く、各種の形態的特徴に関する知見も不十分だったため、他の3種は種同定が困難な状況だったとする。そこで研究チームは今回、7か国13機関の博物館や大学などを訪問し、そこに所蔵される計17種150個体以上のツキノワガレイ属の標本を観察し、詳しく調査したという。

観察した標本の中には、学名の基準となる「担名タイプ標本」が13種含まれており、各標本について約30項目の計数・計測が行われた。そして、各種の形態における変異幅や成長パターンなどを比較した結果、形態的特徴が改めて整理されることとなった。これにより、正体不明だった3種のうち、2種はニューカレドニア初記録の既知種、1種はまだ学名のない未記載種であることが判明した。

既知種のうち1種は、同じ種に「Samariscus luzonensis」と「Samariscus asanoi」という2つの学名が使用されていることが確認されたため、動物分類学の規則に従い、より古い時代に命名された前者が採用された。同種は、これまでフィリピンとベトナムからのみ記録されていたため、南半球での初記録となった。

  • 既知種のうち1種「Samariscus luzonensis」の標本画像

    既知種のうち1種「Samariscus luzonensis」の標本画像。これまで、「Samariscus asanoi」という学名でも記載されており、より古い時代に命名された「Samariscus luzonensis」で統一された。(出所:北大プレスリリースPDF)

また、もう1つの既知種は「Samariscus sunieri」に種同定された。他海域で得られた同種の標本との比較から、同種の形態には地理的変異があることが示唆されたとする。

  • 既知種の残りの1種「Samariscus sunieri」の標本画像

    既知種の残りの1種「Samariscus sunieri」の標本画像。同種の形態には地理的変異があることが示唆された。(出所:北大プレスリリースPDF)

計11個体に基づいて、新種「Samariscus musorstomi」が記載された。同種は、背鰭・臀鰭・胸鰭の鰭条(鰭を支える棒状の骨)の数、鱗の数、顎の長さ、胸鰭の長さ、体色などによって、他のツキノワガレイ属魚類から識別される。同種の学名「musorstomi」は、インド太平洋の熱帯域における深海生物の分類学に大きく寄与した「MUSORSTOM」プロジェクトに由来するものだ。

今回の研究により、7か国13機関の研究機関への訪問と新種の記載を経て、ツキノワガレイ属全18種の形態的特徴の整理がなされた。同属は、種ごとに胸鰭の鰭条数が安定していると考えられていたが、一部の種では従来の認識よりも変異に富むことが明らかにされた。

また、分類に有効であることが以前から示唆されていたものの、一部の種でしか知見のなかった鼻孔の数については全種の状態を解明し、分類における有効性が再確認された。さらに、眼と上顎の位置関係、および背鰭・臀鰭・尾鰭の色が各種の分類に有効であることも新たに示すことができたとした。先行研究と今回の研究で新たに得られた知見をもとに、ツキノワガレイ属を種まで同定するための検索表が作成された。

ツキノワガレイ属の全種の標本を観察して形態データが示された最後の研究は、90年以上も前に遡る。その後、同属を対象とした分類学的研究は何度か行われたが、珍しい種が多いために形態情報が集まらず、一部の種ではその実態(その種は本当に実在し、どこに分布し、どんな特徴を持つのか)が曖昧なままで、種の同定が困難な状況が続いていた。今回の研究は、90年ぶりにほぼ全種のタイプ標本を観察し、歴史上最も多くの標本に基づいてツキノワガレイ属の形態的特徴の調査が行われた。今回の成果により、ツキノワガレイ属の種同定が容易になり、インド太平洋熱帯域における深海性ベントスの種多様性の解明に貢献することが期待されるとしている。