大阪大学(阪大)、セック、順天堂大学の3者は6月9日、阪大の量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の量子コンピュータ・クラウドサービスにおいて、異なるユーザーの量子プログラムを自動的に並列実行する「量子マルチプログラミング(オートモード)」機能を開発し、提供を開始したと共同で発表した。
同成果は、阪大大学院 基礎工学研究科の御手洗光祐准教授(QIQB兼任)、QIQBの森俊夫特任研究員(常勤)、束野仁政特任研究員(常勤)、桝本尚之特任研究員(常勤)、宮永祟史特任研究員(常勤)、宮地孝輔特任研究員(常勤)、セック 開発本部 第一開発ユニットの内田諒テクニカルマネジャー、同・松本慧大エンジニア、同・中山晴貴エンジニア、順天堂大大学院 健康データサイエンス研究科の中田秀基教授らの共同研究チームによるもの。
量子チップの“空きスペース”を有効活用!
巡回セールスマン問題などに代表される組み合わせ最適化問題において、従来のコンピュータ(古典コンピュータ)では、問題規模の増大に伴って必要な計算量が急激に増加するため、組み合わせ数が膨大になると実用的な時間内に解を求めることが困難となる。
現在の量子コンピュータは、大規模な特殊設備と、ノイズ制御や安定稼働のための高度な研究基盤を必要とするため、先端的な大学や研究機関、企業などが、クラウド経由で実機環境を提供するのが主流となっている。阪大もその1つとして、量子コンピュータ・クラウドサービスを運用し、64量子ビットの量子チップを提供中だ。しかし、多くの研究用プログラムの実行には10量子ビット程度しか使用しないため、従来の「1ジョブで量子チップ全体を専有する」方式では、多くの量子ビットが未使用のままとなり、非効率なことが課題となっていた。
2024年に開発された「マニュアルモード」はこの課題を解決するための第一歩だったが、ユーザー自身がプログラムを複数指定する手間が必要だった。また、別々のユーザーが利用する場合は、依然として順番待ちが発生しており、量子コンピュータの実用化に向けた研究開発の大きな障壁になっていた。そこで研究チームは今回、単に空いている場所へジョブを詰め込むだけでなく、数学的アプローチを用いて最適化を行う「オートモード」の開発を目指したという。
オートモードの特徴は、「グラフ理論による最適配置(部分グラフ同型問題としての定式化)」、「物理制約の自動解決(トランスパイル機能)」、「公平性を考慮したジョブ優先度制御」の3点である。
部分グラフ同型問題としての定式化としては、量子回路と量子チップの構造をそれぞれ頂点と辺の2要素で構成される「グラフ」として捉え、量子チップのグラフ中に、複数の量子回路のグラフをパズルのように当てはめるための判定アルゴリズムが実装された。変数が整数である最適化問題を解くためのソフトウェア「整数計画法ソルバ」を用いることで、複雑な形状の量子回路であっても高速かつ高精度に配置場所を決定できるという。
トランスパイル機能は、量子ビット間の接続方向や、離れた量子ビット間の接続性といったハードウェア特有の制約を考慮し、システムが自動的に量子回路を変換(トランスパイル)した上で結合するというものだ。これにより、ユーザーはハードウェアの物理的な制約を意識することなく利用できるようになるとする。
ジョブ優先度制御の面では、ジョブキューの先頭から一定数のジョブを参照し、その中から並列実行可能な組み合わせの探索を行う。これにより長く待たされているジョブを優先しつつ、「先に入ったものが、先に出る」という処理方式・データ管理の考え方である「FIFO」によって効率的な並列化が実現された。
今回のシステムの有効性を検証するため、実際のユーザー利用傾向に基づいたデータセットを用いた評価が行われ、処理能力の向上、およびリソース利用効率の向上、という結果が得られたとした。
処理能力については、研究用途で頻繁に利用される小規模な量子回路を想定し、11量子ビットの量子チップを用意して5ユーザーがそれぞれ2量子ビットの回路を110ジョブ投入するシミュレーションが行われた。その結果、スループット(一定の時間内に処理できる量)が約3.76倍に向上することが確認されたという。実行する量子回路の大きさにもよるが、量子チップのビット数が大きくなるほどスループットが向上するため、クラウドサービスの混雑緩和に大きく貢献できることが示された。
リソース利用効率については、従来の「1ジョブ=全体を専有」方式と比較し、より多くの量子回路を同時に実行することで、貴重な量子ビット資源の「遊び」を最小限に抑え、国産量子コンピュータの稼働効率の向上を実現できるとされた。
今回の機能は、阪大の量子コンピュータ・クラウドサービスを利用する「量子ソフトウェアコンソーシアム」参画機関向けに順次提供される予定だ。研究チームは今後も、量子コンピュータの使いやすさと性能を引き出すシステムソフトウェアの研究開発を推進し、量子技術の実用化に貢献していくとしている。