理化学研究所(理研)、筑波大学、大阪大学(阪大)、東北大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の5者は4月14日、原子核周囲の電子数を変えて、励起状態の原子番号90「トリウム229」(229Th)原子核の半減期を大きく変えることに成功したと共同で発表した。
同成果は、理研 仁科加速器科学研究センター 核化学研究開発室の重河優大特別研究員(現・客員研究員/筑波大 数理物質系 助教兼任)、同・羽場宏光室長、同・佐藤望研究パートタイマーI、理研 光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チームの山口敦史専任研究員、阪大大学院 理学研究科の笠松良崇教授、同・床井健運大学院生(研究当時)、東北大 先端量子ビーム科学研究センターの菊永英寿准教授、東北大 金属材料研究所 アルファ放射体実験室の白崎謙次講師/室長(現・阪大 放射線科学基盤機構 准教授)、KEK 素粒子原子核研究所の和田道治名誉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。
「原子核時計」の実現にも希望の光
通常、原子核の励起エネルギーは数千~数百万eVに達するが、229Thの原子核には励起エネルギーがわずか8.4eVの「アイソマー」が存在する。アイソマーとは、半減期が10億分の1秒以上の、不安定な励起状態の原子核のことで、放射壊変により基底状態へと遷移する性質を持つ。
この8.4eVの励起エネルギーは、トリウム原子の最外周軌道を巡る価電子の結合エネルギーにほぼ等しい。大半の原子核では、核の半減期が電子の数や状態に応じて変化することはないが、229Thアイソマーの場合は、トリウム原子が持つ電子の数に応じて核壊変過程や半減期が変化することが知られている。
例えば、トリウムが中性原子状態の場合、アイソマーは半減期約10万分の1秒の「内部転換」によって壊変する。内部転換とは、励起状態の原子核が励起エネルギーを原子の軌道殻電子に受け渡すことで、より低いエネルギー状態へ移る過程を指す。一方、トリウムが3価イオンの状態の場合、アイソマーはγ線放出で壊変し、その半減期は約1400秒(23分強)程度まで延びる。
これまでの研究から、トリウムは電子状態により、内部転換やγ線放出とは異なる、励起状態の原子核がより低いエネルギー状態へ移る核壊変過程の一種である「電子架橋遷移」が起こり、半減期も大きく変化し得ることが予想されていた。この過程が生じる有力候補が、「1価イオン状態」の229Th(229Th+)アイソマーだ。しかし、その生成は困難であり、これまで半減期の測定が成功した例はなかった。そこで研究チームは今回、229Th+をイオントラップ中で大量に生成する手法を新たに開発し、アイソマーの半減期の測定を試みたという。
-

今回開発された229Th+生成装置。233U線源から引き出された229Thの2価イオン(229Th2+、2%がアイソマー)をイオントラップに捕捉し、NOガスとの電荷交換反応により229Th+が生成された。(出所:共同プレスリリースPDF)
229Thアイソマーの生成には、アルファ壊変により2%の割合でアイソマーの229Thイオンが生成されることから、ウラン233線源が利用された。この229Thイオンの集団をヘリウムガスとの衝突により減速させ、イオン収集装置のRF(ラジオ波)カーペットでイオンビームとして取り出し、イオントラップまで輸送。同トラップには、アルゴンガスと微量の一酸化窒素(NO)ガスを導入しており、229Thイオンは最初2価イオンだが、NOガスとの電荷交換反応によって229Th+に変換される仕組みとした。
229Th+の生成を確認するため、イオントラップ後段に設置した質量測定器と電子・イオン検出器を用いて、イオンの「質量電荷比」が測定された。イオンをNOガスの存在下で0.1秒トラップした場合、トラップなしと比べて229Th+の量が13倍に増加しており、電荷交換反応による229Th+の大量生成が確認された。
-

イオントラップから引き出されたイオンの質量電荷比の分布。トラップ時感を0.1秒設けた場合(赤)は、トラップなしで連続的に引き出した場合(青)に比べて229Th+の量が大幅に増大した。233U線源からのアルファ線によって線源自身もイオン化され、233U+もトラップから引き出された。(出所:共同プレスリリースPDF)
続いて、229Thアイソマー検出のため、229Th+アイソマーが電子・イオン検出器に輸送された。そこで中性原子へと変更され、内部転換過程により壊変された。その際に放出される内部転換電子が検出され、内部転換による壊変に対応した10万分の1秒程度の半減期を持つ信号が検出された。一方、天然の長半減期の229Th+ではそのような信号は確認されず、229Thアイソマーの信号が正しく検出されたことが判明した。イオントラップ中の229Thアイソマーの個数を、電子・イオン検出器によって数えられることが実証されたのである。
-

229Thアイソマーの内部転換電子の検出結果。229Thアイソマーが検出器に到着してからの電子信号の経時変化を測定した結果、内部転換による壊変に対応した10万分の1秒程度の半減期を持つ信号が観測された(赤)。比較用に、232Thを検出器に引き出したところ、半減期の長い減衰信号は観測されなかった(青)。(出所:共同プレスリリースPDF)
そこで、イオンのトラップ時間を変えながら、アイソマーおよび基底状態の229Thの個数変化がそれぞれ測定された。基底状態の229Thについては、イオンの個数がトラップ時間と共に増加し、ピーク後に減少する挙動が示された。これは、229Th+がトラップ中で電荷交換反応により生成され、分子との化学反応によって減少したことが示されている。
一方、アイソマーも基底状態と化学的性質が同一であるため、トラップ中での化学反応による個数変化は同一になるはずだが、曲線形状が基底状態とは大きく異なっていた。この個数変化はアイソマーの原子核壊変によるものと推測され、229Th+アイソマーの半減期は0.46±0.08秒と導出された。
得られた半減期は、内部転換やγ線放出による半減期とは大きく異なるため、新しい壊変過程の存在が示唆された。また、電子架橋遷移の半減期の理論計算値とも矛盾がなく、229Th+アイソマーは電子架橋遷移で壊変することが示唆された。
-

イオントラップに捕捉された229Th+の個数の経時変化。トラップ時間0秒の時の229Th+数を1に規格化している。アイソマー(赤)と基底状態(青)の個数の変化の仕方が大きく異なることが観測された。両者の差異を解析することで、229Th+アイソマーの半減期が決定された。(出所:共同プレスリリースPDF)
研究チームは今後、229Th+アイソマーから放出される光子を測定することで、電子架橋遷移の直接的観測を目指すとした。さらに、放出された光子の波長を分析することで、電子架橋遷移の壊変機構の解明にも取り組むという。
また、基底状態の229Th原子核にレーザーを照射してアイソマーへ励起することで、既存の原子時計を超える精度を持つ「原子核時計」の実現が期待される。電子架橋遷移への理解を深めることで、レーザーで生成された229Thアイソマーを素早く基底状態へ戻す手法の開発など、原子核時計の実現に向けた貢献も期待されるとしている。
