東北大学と科学技術振興機構(JST)の両者は3月31日、東北大が運用する3GeV高輝度放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」において、レンズレス顕微鏡技術である「X線タイコグラフィ」を活用した「非破壊ナノ断層撮影(ナノCT)」と、機械学習の1つである「マニフォールド学習」を組み合わせ、「固体高分子形燃料電池」の触媒層における多孔質構造からガス拡散係数を高精度に予測する可視化解析技術を開発し、ナノCTデータから誤差約5%の精度で算出できることを実証したと共同で発表した。
同成果は、東北大大学院 工学研究科の荒井翔太特任研究員、同・吉留崇准教授、同・大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センターの高山裕貴准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、二次電池や燃料電池などの電気化学的なエネルギー蓄積・変換デバイスを扱う学術誌「Journal of Power Sources」に掲載された。
現代の先端材料やデバイスは、ナノメートル(nm)からマイクロメートルにわたる階層構造を精密に制御することで高機能を実現している。その代表格が、水素と酸素の化学反応により電気エネルギーをクリーンかつ効率的に生み出す次世代電力変換技術である固体高分子形燃料電池だ。
電池性能の中核を担う触媒層は、直径数十nmの炭素粒子などが複雑に絡み合った多孔質構造を形成している。高出力かつ長寿命な燃料電池を実現するには、このネットワーク内に反応ガスを円滑に行き渡らせることが重要だそのため、微細な階層構造の可視化と、ガス拡散特性や材料組成、プロセス条件との相関解明が性能向上の鍵を握っている。
こうした構造を非破壊で捉える技術として注目されているのが、レンズレス顕微イメージング技術の1つであるX線タイコグラフィを用いたナノCTだ。X線タイコグラフィは、コヒーレントなX線を試料に照射することで得られる回折パターンから、計算機アルゴリズムにより顕微鏡像を再構成する手法を指す。
この手法は、結像レンズを必要としないため、レンズの加工精度に制限されることなくナノメートルスケールでの高分解能観察が可能なことが大きな特徴だ。これにより、数十nmから10nm未満という極めて高い分解能で、試料内部の三次元構造を観察できる可能性を秘めている。
一方で、得られた構造データから物理特性を定量的に導くことは依然として難しく、構造と物性の相関関係を構築することが大きな課題となっていた。近年は深層学習の活用も進んでいるが、膨大な学習データを要するため、実験データが限られるケースでは適用が困難な側面もある。そのため、こうした相関関係を構築する新たな手法が求められていた。そこで研究チームは今回、X線タイコグラフィで得られた多孔質構造画像からガス拡散係数を迅速に予測する新たな手法を開発したという。
今回の手法では、高次元データを低次元に圧縮してデータの幾何構造を捉える機械学習の一種であるマニフォールド学習を用いて、構造の特徴量抽出とガス拡散係数との相関構築が行われた。マニフォールド学習とは、データが非線形な構造を持つ場合でも柔軟に適用できる点を特徴としている。
学習データについては実験データのみでは不足するため、研究チームが独自開発したプログラム「PorousGen」を用いて計算機上で多様な多孔質構造を生成。さらに、ガス拡散の物理的な背景や計測科学に基づいて入力形式を吟味し、構造解析手法の一種である「小角X線散乱」で使用されるパワースペクトルの対数を特徴量として採用したとする。
この手法を用いて検証したところ、新たに生成した多孔質構造に対し、ガス拡散係数を誤差5%以内で予測できることが確認された。また、解像度を半分に低下させた画像であっても誤差10%以内での予測が可能であり、さまざまな制約がある場合もある実験データへの高い適用能力が示されたとした。
さらに、ナノテラスに設置された独自開発の大気環境X線タイコグラフィ・ナノCT装置を用い、実物の触媒層が詳細に観察された。その結果、20~50nmの孔構造が三次元的に可視化され、この実験データに今回の手法を適用した結果、ガス拡散係数を誤差約5%の精度で予測できることが実証された。これにより、実材料の構造可視化から構造と拡散特性の相関関係の構築と予測までを迅速かつ高精度に行うプラットフォームが確立されたのである。
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X線タイコグラフィ・ナノCTによって三次元的に可視化された、固体高分子形燃料電池の触媒被覆膜の内部構造(論文の図が改変されたもの。CC BY-NCに基づき利用されている)。(出所:東北大プレスリリースPDF)
今回の手法は、モデルの読み込み時間を含めてもトータルで1分50秒程度、予測処理自体はわずか12秒程度で完了する。そのため、ナノテラスなどの放射光施設での観察直後にその場で物性評価を行い、材料の作製条件へと迅速にフィードバックすることが可能になるという。また、小規模なデータセットでも適用できることが優れた点の1つだ。大規模データが得られる場合は深層学習と組み合わせることで、より効率的な材料設計が可能になることが期待されるとした。
研究チームは今後、イオン交換膜の分布や白金粒子などの要素をモデルに組み込み、より実材料に近い構造再現と、電気・熱・イオン伝導などの多角的な特性予測へと展開することを目指すという。将来的には、材料の劣化や化学状態の変化をリアルタイムで予測するデジタルツイン技術へと発展させ、安定で高出力、長寿命な燃料電池開発への貢献が期待されるとしている。なお、今回の研究データは、データ共有サービスGitHubにて公開中とした。
