理化学研究所(理研)は4月17日、原子が電子を失った数である「価数」を制御することで、イオンビームを自律的かつ従来法の約1万分の1から10万分の1という超高速で冷却を行える新しい原理「荷電返還冷却」を提案したと発表した。

  • 今回提案されたCECの概念図と超高速冷却の計算例

    従来のビーム冷却の概念図(左)と、今回提案されたCECの概念図(中央)、超高速冷却の計算例(右)。(出所:理研Webサイト)

同成果は、理研 仁科加速器科学研究センター 次世代加速器システム開発チームの今尾浩士チームリーダーによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する、加速器に関する科学と技術を扱う学術誌「Physical Review Accelerators and Beams」に掲載された。

未知の粒子や物理現象の探索にも新たな光

原子核物理の実験において、極めて希にしか発生しない反応を捉えるには、大量の粒子を標的へとに正確に照射し続ける必要がある。もし、加速器内をバラバラに飛行する粒子集団を、ビーム冷却技術によって「静かでそろった状態」に整えることができれば、ビームの高密度化が可能となり、実験効率は大きく向上する。

現在普及している確率冷却法や電子冷却法、イオン化冷却法などは、重イオンビームに対しては十分な性能を発揮できないという課題があった。重イオンビームは初期のビーム品質が低く、粒子が重いために外部との相互作用による冷却効果が小さく、さらにその相互作用自体で電荷が変化し制御が困難になるためだ。その結果、従来の手法では冷却にサブ秒(1秒以下)から数秒の時間を要し、短寿命原子核が崩壊する前に冷却を完了できないことや、ビームを十分に蓄積・高密度化できないといった制約が生じていた。

理研では現在、加速器施設「RIビームファクトリー」において、重イオンビーム強度の大幅な向上を目指す「荷電変換リング」(CSR)の建設が進められている。CSRは、重イオンを目的とする高電荷状態へ効率よく変換することを目的とする独自開発のリング型加速器だ。重イオンがリング内に設けられた薄い標的を通過することで、イオンの価数が周回ごとに変化する。これにより、複数の電荷状態のイオンを同時に利用でき、これまでは目的とする電荷状態にならなかったために捨てられていたイオンも再活用できるようになり、目的とする高価数イオンの得られる割合を、従来手法より大きく高めることが可能になる。

さらに、高速かつ効率的なビーム冷却を実現できれば、CSRによってビームの強度に加えて品質も向上させられる可能性があり、その実現が重要課題として位置付けられている。そこで今尾チームリーダーは今回、従来はビーム損失の原因として忌避されてきた「荷電変換現象」を、逆に冷却機構として積極的に利用する新しいビーム冷却原理を提案したという。

従来のビーム冷却は、“摩擦”に相当する力をイオンに直接与えて、粒子の振動運動を徐々に減衰させる手法が一般的だった。しかしその場合、重イオンほど冷却には長い時間を要していた。それに対し、今回の「荷電変換冷却」(CEC)は、イオンの振動の支点となる軌道中心そのものを切り替えるという、従来にない発想に基づいている。

  • CECの基本原理

    CECの基本原理。周回を重ねることにビームの位置と角度の広がりが自律的に収縮していく点を特徴とする(出所:理研Webサイト)

CSR内部には、イオンが電子を失ったり受け取ったりして価数を変化させる標的「ストリッパー」が配置される。イオンは価数ごとに異なる周回軌道を持ち、それぞれの軌道の中心は、振動運動の支点に相当する。今回の研究では、これら価数ごとの中心軌道を、リング内の電磁石によってあらかじめ適切にずらした構成が提案された。

  • CSRとマルチゾーンストリッパーの模式図

    CSRとマルチゾーンストリッパーの模式図。CSRでは、異なる価数のイオンが同一リング内を周回できるようになり、例えばウランイオンでは59~66価の複数の価数状態が周回対象として想定されている。リング内に設置された標的のストリッパーに、価数とイオンの振動状態との関係を意図的に結び付けるマルチゾーンストリッパーの概念を導入することで、イオンの状態に応じて価数を切り替えることが可能になる。(出所:理研Webサイト)

さらに、価数とイオンの振動状態を意図的に結び付ける「マルチゾーンストリッパー」の概念が導入された。これは、リング内の特定の位置や時間に応じて荷電変換が起こるよう設計されたもので、イオンの状態に合わせて価数が切り替わる仕組みだ。この構造により、イオンの振動の支点に相当する中心軌道も切り替わる。つまり、イオンの振れ方に応じて支点が変化する状況を人工的に作り出せるのである。この条件を適切に設定することで、イオンの振動運動を短時間で抑制でき、高速な冷却が実現される。

今回の研究では、価数切り替えに伴う軌道変化が冷却に寄与する条件が解析的に整理され、周回ごとに位相空間分布(イオンの位置と運動方向の分布)が自律的に収縮する過程がCECとして定式化された。この冷却過程は、外部からの逐次的な観測や制御を介さず、ビーム自身の状態に応じて高速に進行する自律性が大きな特徴だ。

提案された原理の有効性を検証するため、CSR実機を想定した磁場配置やビーム光学条件を用いた計算機シミュレーションが行われた。二価数系および多価数系のモデルを構築し、荷電変換確率を含む条件下で、周回数に対する位相空間分布の変化を追跡。これにより、冷却挙動の定量的な評価が行われた。その結果、冷却効果が数マイクロ秒以内に現れることが示された。サブ秒から数秒を要する従来法と比較して、約1万分の1から10万分の1という時間スケールに相当する。

  • CSR内でのビーム位相空間分布の収縮の様子

    CSR内でのビーム位相空間分布の収縮の様子。計算機シミュレーションを使い、CSRの周回数に対する位相空間分布の変化を追跡し、冷却の挙動が定量的に評価された。CECを適用した場合は、「冷却なし」や「荷電変換加熱」(荷電変換によってビームが逆に広がるように設定した条件)と比べ、ビーム位相空間分布が小さいことがわかる。(出所:理研Webサイト)

CECの原理により、冷却時間の制約で扱えなかった短寿命原子核を含むイオンビームに対しても、高速冷却により大量かつ高品質に蓄積できる装置設計を実現できる。また、冷却が内部標的との相互作用によるビーム加熱(散乱によるビームの広がり)に打ち勝って進行するため、ビームを蓄積したまま標的との反応を継続する運転が可能となる。その結果、例えば「安定の島」(陽子数114・120・126かつ中性子数184という二重魔法数を備えた未知の原子核)の原子核の生成に代表される未発見の粒子・物理現象の探索を、現実的な実験条件下で実施できることが期待されるとしている。