京都大学(京大)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の両者は4月10日、X線分光撮像衛星「XRISM」を用いて降着型パルサー「ケンタウルス座X-3」を観測した結果、従来は中性の鉄原子が起源と考えられていた約6.4keVの「Fe Kα輝線」が、実際には電子が5個ほど失われた「低電離状態」の鉄イオンに由来することを初めて明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、京大大学院 理学研究科の永井悠太郎大学院生、同・榎戸輝揚准教授、JAXA 宇宙科学研究所の辻本匡弘准教授、同・山口弘悦同教授らを中心とした国際共同研究チームThe XRISM CollaborationのCen X-3解析チーム、筑波大学のXiao-Min Tong准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する英文学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。
電子状態のミクロな物理過程診断の新手法を提示
安定した元素である鉄は宇宙に豊富に存在しており、強いX線を照射されると蛍光輝線を放つ性質を持つ。中でもエネルギー6.4keV(波長1.94Å)の「Fe Kα蛍光輝線」は、X線源周辺の物質分布や状態を調べる手掛かりとして、ブラックホールや中性子星の観測で広く用いられてきた。
物質の状態を知る上で、電子がどの程度失われているのかを示す「電離度」は重要な指標だ。一般にイオンの電離が進むと、原子核のプラス電荷を遮蔽する束縛電子が減少し、放射される輝線のエネルギーは高くなる。例えば、電子が26個中24個剥ぎ取られたヘリウム状鉄イオンは、電子が16個剥ぎ取られたネオン状鉄イオンより高エネルギーのKα輝線を放射する。
しかし、電子を2~8個失った「低電離鉄イオン」では、電離が進むほどKα輝線のエネルギーがわずかに低下するという特異性が知られていた。これは、鉄の「3d軌道」から電子が抜けていく過程と密接に関係している。
3d軌道電子の数が減ると電子間の反発が弱まり、軌道半径が原子核側へと収縮する。すると、残った3d電子と内側の2p軌道電子の空間的な重なりが増し、2p電子が感じる原子核からの電気的引力に変化が生じる。Kα輝線は、この2p電子が最も内側の1s軌道へ遷移する際に放射されるため、そのエネルギーは3d電子の状態に左右される。ただし、この効果によるエネルギー低下は最大でも4eV程度と極めて微細だ。
従来のX線観測ではこの差を識別できず、6.4keV付近のFe Kα輝線は中性の鉄原子に由来すると仮定するのが一般的だった。それに対し、XRISM搭載のX線マイクロカロリメータ「Resolve(リゾルブ)」は、6.4keV付近で約4.5eVという史上最高のエネルギー分解能と、約0.1eVの決定精度を持つ。これにより、蛍光輝線のエネルギーから鉄の微細な電離状態を識別することが可能となったのだ。
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(左)鉄イオンの電離度に応じた蛍光輝線のエネルギー変化。中性鉄輝線からのエネルギー差として表記。(右上)各電子軌道の確率密度分布。(右下)鉄イオンの電離に伴う3d軌道の収縮と、それが内側の軌道に与える影響の模式図。(c)JAXA(出所:XRISM公式サイト)
中性子が青色超巨星からガスを奪い取っている降着型X線パルサーとして、「ケンタウルス座X-3」がある。XRISMは初期性能実証期の2024年2月に、この連星系を連星公転周期1周分(約2日)にわたって観測した。その結果、Kα輝線のエネルギーが中性子星の公転運動に対応した正弦関数状のドップラーシフトを示すことが確認され、同輝線が青色超巨星の表面付近から放射されていると推定された。
Kα輝線変動の中心値(オフセット)は、ケンタウルス座X-3全体の視線速度を反映する。ところが、Resolveが測定した視線速度は、可視光観測による既知の速度より秒速100kmほど速く、その乖離の原因は謎として残されていた。そこで研究チームは今回、鉄の電離効果に着目し、ケンタウルス座X-3の観測データの再解析を行ったという。
従来、Kα輝線は中性鉄原子に由来するとされていたが、同輝線の発生源であるガスが周辺からの紫外線やX線の放射を受け、わずかに電離している可能性は否定できなかった。低電離の鉄は、中性鉄より1~4eVほどエネルギーが低い同輝線を放射する。6.4keV付近に現れる1eVの赤方偏移は秒速約50kmの視線速度に相当するため、電離を考慮すれば可視光観測との速度差を十分に説明できる計算だ。
しかし、Kα輝線のオフセットだけでは、視線速度によるドップラー効果と電離による効果を切り分けられない。そこで今回の研究では、同輝線の約10%の強度を持つ「Fe Kβ輝線」も着目された。Kβ輝線は、3p電子が1s軌道に遷移する際に放たれるもので、Kα輝線とは異なり、電離度の上昇に伴ってエネルギーが単調増加する特性を持つ。
つまり、2~8価の低電離鉄イオンにおいては、両輝線のエネルギー差が電離度の指標となる。解析の結果、ケンタウルス座X-3の鉄は、平均5価程度の電離状態であることが判明した。この値を基にドップラーシフトを補正したところ、Kα輝線の変動オフセットから求められる視線速度が、可視光観測の結果と誤差の範囲で一致した。長年の謎が、鉄イオンの精密分光によって解消された形だ。
XRISMは、プロジェクトの目標「エクストラサクセス」の1つとして「新しいプラズマ物理学の研究に資する観測データの取得」を掲げている。今回の成果は、それを明確に達成したことを意味するとした。
また、今回注目された低電離鉄輝線は、中性子星以外にも白色矮星やブラックホール、星間分子雲、超新星残骸など、多様な天体で観測されている。今回の研究で確立された手法は、強磁場・強重力場といった極限環境の物理を解明する上で、精密X線分光時代における基盤的な診断法となることが期待されるとしている。



