大阪大学(阪大)、立教大学、東北大学、理化学研究所(理研)の4者は7月3日、欧州宇宙機関(ESA)が運用するX線天文衛星「XMM-Newton」が約24年間にわたって取得した大規模な宇宙のX線変動データに対し、量子コンピュータと機械学習を融合させた量子機械学習モデルを適応し、113件の異常なX線放射現象を検出することに成功したと共同で発表した。

同成果は、阪大大学院 理学研究科の川室太希助教、立教大の山田真也准教授、同・酒井優輔大学院生、理研の長瀧重博主任研究員、同・松浦俊司上級研究員、東北大の山田智史助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

X線宇宙観測データと量子機械学習を融合

観測可能な宇宙には、約2兆個もの銀河が存在するとされている。そのため、宇宙では毎日どこかで超新星爆発が発生しており、大半の銀河中心に位置する超大質量ブラックホールが突如明るく輝くなど、突発的な変動現象が多数生じている。それらは、宇宙の構造形成や極限下での物理を探る上で、極めて重要な現象だ。また、研究者の予期しない変動現象が発見されることもあり、そのような異常現象の観測は、宇宙の多様性や未解明の物理現象解明の鍵となると期待されている。

現在、観測において時間変動が注目されている。今後も新たな地上大型望遠鏡の建設や天文衛星の打ち上げが予定されており、それらは視野が広くなるなど、観測性能が従来より向上し、膨大な観測データを取得できるようになる。データが増大すれば、その中からわずかな異常変動を検出するのに時間と労力が必要となるため、機械学習などを利用した自動検出手法が求められている。そこで研究チームは今回、機械学習に量子コンピュータを組み合わせた「量子機械学習」の有用性を、世界で初めてシミュレーションベースで検証したという。

今回の研究では、量子計算の仕組みを取り入れた機械学習手法である「量子長短期記憶モデル」(QLSTM)が構築された。これは、時刻と明るさのデータを量子回路を埋め込んだユニットに連続的に入力することで、未来の明るさの予測を可能にする。これにより、通常の明るさ予測からのずれをもとに、異常変動の検知ができるようになるのである。

今回は、実際には量子コンピュータの実機ではなく、量子回路をシミュレーションする形で実装や有用性が検証された。訓練された量子機械学習モデルを、XMM-Newtonが取得した約4万件の光度曲線データに適用した結果、113個の異常変動現象が検出された。従来の未来予測手法として、過去からの長期的情報を保持しつつ、直近の情報も考慮することで実現する「LSTMモデル」があるが、それよりも多くの異常を捉えた成果だった。検出された中には、星の爆発の瞬間やブラックホールからの準周期的な活動と思われるものも含まれていた。

  • 採用された量子LSTMと異常な明るさの検知の概要と、実際のX線の明るさの変化に対して量子LSTMと古典LSTMを適応した結果の一例

    (左)採用された量子LSTMと異常な明るさの検知の概要。量子回路を内包したLSTMユニットに入力データを連続的に送り、最終的に明るさが予測された(ひし形)。予測データからのずれが小さい場合には通常データと判定され(オレンジ丸)、ずれが大きい場合には異常現象と判定される(赤紫丸)。(右)実際のX線の明るさの変化に対し、量子LSTMと古典LSTMを適応した結果の一例。上段は実際の観測データ、量子LSTMの予測、古典LSTMの予測を示す。下段は、観測データと予測のずれを示しており、量子の方がずれ、つまり異常のシグナルが大きいことが現れされている(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の技術は、今後ますます重要となる“宇宙の時間変動”を捉える時代において、異常な天体現象を効率的に検出する新たな礎となることが期待できるという。さらに今回の研究は、量子計算技術を実際の天文データへ応用するという、ほぼ未踏の領域に踏み込んだ成果であり、天文学における量子情報科学の本格的活用に向けた重要な一歩とした。また、天文データの多様性と公開性の高さを活かした量子機械学習の応用研究は、さまざまな可能性を考案と試行が容易であるため、将来的に実社会の課題解決につながる技術が生まれることも期待されるとしている。