20年稼働し続けた、ブラックボックス化されたレガシーシステム——いわゆる2025年の崖に直面していた老舗企業は、1度目のERP刷新プロジェクトで大きな挫折を味わった。
しかし、そこから「単なるシステムのリプレースではなく、ビジネス変革である」と位置付けを再定義し、逆転劇を果たす。結果として四半期決算の発表を10日早め、受注承認にかかる時間を90%削減。さらにはERP刷新をゴールとせず、AI経営のスタート地点へと昇華させた。
5月19日に開催されたWebセミナー「TECH+セミナー 製造業DX 2026 May. レガシー刷新、ROIを可視化し変革を加速へ」において、イトーキ 執行役員DX本部 本部長の竹内尚志氏が登壇。同社の生々しいプロジェクトの軌跡と、その先に見据えるAI活用戦略について語った。
2025年の崖に直面した20年モノのレガシーシステム
明治23年に創業し、今年で136年目を迎える老舗企業のイトーキ。同社の主な事業は、全体の売上の約75%を占めるワークプレイス事業と、物流倉庫の自動仕分けシステムや美術館の展示ケースなどを手掛ける設備機器・パブリック事業からなる。とくにワークプレイス事業においては、従来のオフィス家具の販売(同社では「オフィス1.0」と呼称)から、空間設計のソリューション提供(同2.0)、そしてIoTなどを通じてデータを活用しオフィスの課題を解決するビジネス(同3.0)へと、ビジネスモデルを進化させている。
そうした進化を裏で支えるべき基幹システムだが、同社は2025年の崖という大きな課題に直面していた。「当時使っていた基幹システムは約20年使い続けていた。毎年改修を重ねていたため、その時々のビジネスにとってはかゆいところに手が届く、使いやすいシステムだったと言える」と竹内氏は振り返る。
しかし、度重なる改修により仕様書が残っていない状態に陥り、COBOLで構築されていたことによるブラックボックス化が進行。マニュアルの不足や社内外の技術者不足、そして自社データセンター運用によるセキュリティリスクなど、さまざまな問題が顕在化しており、クラウドへの移行は不可避の状況となっていた。
1度目のプロジェクト失敗と、そこから得た4つの教訓
ERP刷新に向け、同社は国内外8社のパッケージを比較のうえ、SAP S/4 HANAを選定。2018年に第一次プロジェクトをキックオフした。
しかし、このプロジェクトは大きな挫折を味わうこととなる。当初は「パッケージ9割、アドオン1割」のフィット・トゥ・スタンダードを目指していたものの、長年最適化されたイトーキ特有の業務プロセスを優先した結果、実態としては「パッケージ1割、アドオン9割」という逆転現象が起きてしまったという。
「開発期間とコストが膨らみ、要件定義から開発までモジュールごとに進めた結果、結合テストの段階でうまく動かないといった問題が発生しました。最終的に、このシステムでの本番稼働を断念することになったのです」(竹内氏)
とはいえ、レガシーシステムのまま使い続ける選択肢はない。同社は失敗の要因を「経験不足(長期間の大規模刷新を経験した社員がいなかった)」「経営の関与不足(予算だけでなく業務変革の中身まで踏み込めなかった)」「業務改革意識の不足」「ベンダーへの依存体制」の4つと分析し、直ちに第二次プロジェクトへと乗り出した。
ERP刷新を「ビジネス変革」と再定義、第二次プロジェクト始動
第二次プロジェクトでは、単なるシステムのリプレースではなく「ビジネス変革」であることを強く掲げた。
「意識も文化も変わらなければなりません。これにはプロジェクトマネージャーだけでなく、経営陣からのメッセージが重要でした。社長から全社に向けて、ビジネス変革を行うという強いメッセージを発信し、浸透を図りました」(竹内氏)
Oracle Fusion Cloudを採用し、導入アプローチも、一斉稼働のビッグバン方式ではなく段階導入へと舵を切った。スローガンには「標準化・簡素化・自動化」を掲げ、「判断に迷ったらいったんつくらない。まずは標準機能で動かしてみる」というフィット・トゥ・スタンダードの精神を徹底した。
また、部門横断的な合意形成を図るため、意思決定者レベルを据えたプロセスオーナー体制を構築。プロセス間での齟齬がないかを確認しながらプロジェクトを進めた。
システムの移行は、2023年7月の「経営高度化(EPM)」の稼働を皮切りに、「経理高度化(FIN)」、そして2025年6月には見積もりから入金確認までを担う「SCM高度化」へと段階的に進められた。
当初の稼働目標からは半年ほど延期する決断もあったが、最終的に全体の6〜7割が完成した段階で本番稼働へと踏み切った。
「100点だった旧システムから、新しいシステムでは6〜7割の出来栄えでスタートするかたちになったため、現場の混乱は避けられませんでした。手作業や電話などローテクな対応も発生しましたが、『お客さまや取引先に迷惑をかけないようにやっていこう』と、マネージャーやベテランが中心となり現場の方々が本当に踏ん張ってくれました」(竹内氏)
決算発表は10日短縮、受注承認時間は90%削減
現在、稼働から約10カ月が経過し、新しいシステムで安定して業務が回る状態を築き上げている。その成果は明確な数字として表れている。
四半期決算発表までの時間は、従来の約30日から20日以内へと短縮された。
「単純に10日間短縮されただけでなく、経営視点では10日間分早く経営の判断ができるようになったと捉えています」(竹内氏)
また、受注承認にかかる時間は、業務プロセスの見直しによる自動化・標準化により90%削減。請求処理にかかる時間も、ペーパーレス化の徹底により23%削減された。現場の踏ん張りを経て、目に見えるかたちで確かな改善効果が生み出されている。
さらに、これらの目に見える業務効率化に加え、経営視点でより重要な本質的価値がもたらされた。それは見積もりから会計までのデータが、1つのクラウドに集約されたこと=Single Source of Truthである。
このデータ統合基盤を機能させるため、同社はシステム移行に伴いマスタメンテナンスを徹底して行った。旧システムでは、長年の運用により同一企業でも多数のレコードが重複して存在しており、営業担当者が受注登録時に誤ったレコードを選んでしまうことで、正確な企業ごとの売上分析ができない事態が生じていた。
そこで「LBCコード」を活用して企業情報をユニークなものにするため、大規模な名寄せを実施。大量の古いレコードを削除・整理した結果、顧客マスタは86%、取引先マスタは76%ものスリム化に成功した。「正しい分析ができないという旧システムの問題が解消され、データがつながり信頼できる基盤ができた。これが、これからのAI活用のための土台になった」と同氏は強調する。
ERP刷新はゴールではない、AI経営に向けた2つの柱
イトーキは2026年1月、「AIを経営の中核に据える」と宣言し、全社的な取り組みを加速させている。竹内氏は「レガシーな基幹システムのままでは、データの分断やサイロ化により、リアルタイムな経営判断やAIの活用は困難だった。クラウドERPに刷新し、信頼できる唯一の情報源が確立できたからこそ、AIエージェントの構築などを促進していけるAI-readyな状態になった」と語る。
現在、イトーキのAI活用は大きく2つの柱で進められている。
1つ目は「SaaSネイティブAIの最大限の活用」だ。SalesforceやOracleなど、導入済みのSaaS製品に組み込まれた最新のAI機能を検証し、使い勝手の良いものを本番環境へと積極的に展開している。
2つ目は「イトーキ独自のセキュアAI基盤」の構築である。社内の規約や規定類をRAG(検索拡張生成)技術と組み合わせて社内チャットで容易に確認できるようにしたり、多数のデザイナーが描いたオフィスの設計図面を匿名化して次の提案に活かしたりといった、独自の価値を生み出すためのデータ活用基盤を整備している。
最後に竹内氏は、これまでの取り組みを次のように総括し、講演を締めくくった。
「20年使い続けたシステムをクラウド化するという単なるモダナイズの側面もありますが、それ以上に、この基盤刷新を行ったことで『AI時代のスタート地点』に立てた意義は非常に大きいと感じています。ERP刷新は決してゴールではなく、データを活かして未来を創るための新たな価値創出の土台なのです」(竹内氏)

