東北大学は、最新のシミュレーション技術を用いて、金属(天文学では、水素とヘリウム以降の元素を金属または重元素と呼ぶ)を含む“現実的な宇宙環境”でも「超大質量ブラックホール」(SMBH)が形成可能であることを明らかにしたと5月9日に発表した。
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SMBHを形成するガス雲の密度分布。黒い星印は、ブラックホールに進化する大質量星。白い点は分裂によりできた小質量星だ。金属を多く含む環境下では数多くの小質量星が形成されるが、やがて中心の大質量星と合体することで、超大質量星が形成される
(出所:東北大ニュースリリースPDF)
同成果は、東北大 大学院理学研究科の鄭昇明特任助教、同・大向一行教授ら2名の研究チームによるもの。詳細は、英国王立天文学会が刊行する天文学術誌「Monthly Notices of Royal Astronomical Society」に掲載された。
宇宙に存在する大半の銀河の中心には、太陽の数百万〜100億倍ほどの質量を持つSMBHが存在していると考えられている。我々の天の川銀河の中心にも、太陽質量の約400万倍という「いて座A*(エースター)」が存在する。しかし、このようなSMBHがどのように誕生したのかは、現在もよくわかっていない。
近年、NASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡により、宇宙誕生からわずか数億年という初期の時代に、すでに太陽の1,000万倍超のSMBHが存在していたことが観測された。しかし、太陽の20倍以上の大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する恒星質量ブラックホールが合体を繰り返すことでSMBHが形成される場合、その成長速度には限界があるため、そのSMBHは誕生時点ですでに大きな質量を持つ『種』が必要とされていた。
それを説明する1つが、宇宙に水素とヘリウムしかなかった時代に誕生した第一世代の星である「ファーストスター」が、現在の金属を多く含む星とは異なり、極めて巨大だったとする仮説だ。ファーストスターが巨大であれば誕生するブラックホールも巨大となるため、それならSMBHの種と成り得る可能性がある。しかし、まだファーストスターの直接的な観測は成されていないため、本当に巨大だったのかどうかはわかっていない。
さらに、水素とヘリウムの大量のガスが、星を形成せずに一気に重力崩壊を起こし、直接SMBHになる「直接崩壊モデル」という仮説もある。しかし同仮説では、宇宙初期に一時的にしか存在しない、金属を含まない特殊な環境でしか実現できないため、説明できるSMBHの数は全体の0.01〜1%程度と限られてしまうという課題を持つ。つまり、現在確認されている大半のSMBHを説明するには、新たな理論が求められていたのだ。
研究チームは今回、金属を含むより「現実的な」宇宙環境で、どのようにSMBHが誕生するのかを調べるため、国立天文台のスーパーコンピュータ「ATERUI II」(2024年12月に後継機「ATERUI III」(アテルイIII)が稼働)を用いて、大規模なシミュレーションを実施することにしたという。
これまで、炭素や酸素などの金属が存在すると、ガスが急激に冷えて細かく分裂し、大質量星を形成できないと考えられてきた。しかし今回のシミュレーションによれば、分裂して生まれた小質量星の多くが中心の質量の大きな星と再び合体し、結果的に非常に重い大質量星が形成されることが示された。
その結果、ある程度金属を含む環境でも、太陽の1万〜10万倍の質量を持つ「超大質量星」を形成することが可能であることがわかった。こうした星はやがて巨大なブラックホールを誕生させる。これは、これまで直接崩壊モデルでは説明できなかった多くのSMBHの起源を理解する手がかりになるとした。
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異なる金属量のもとでの星の質量の時間進化。金属量が少ない環境下では星の質量が急激に進化し、約10万年で太陽質量の1万〜10万倍に達する。金属量が太陽系近傍の1%に達すると、最終的な星の質量は太陽の1,000倍程度に留まる
(出所:東北大ニュースリリースPDF)
さらに、金属量がより多い環境では大質量星は形成されず、代わりに多数の星が集まった「星団」が生まれることも判明。この星団は、天の川銀河で観測されている「球状星団」(数千から数百万個の星が密集して球状に存在する天体構造で、宇宙初期に誕生したとされる)とよく似た構造を持つ。そのため、ブラックホールと球状星団が実は同じ起源を持ち、環境の違いによって分化した可能性が示唆されたとした。
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金属量が太陽系近傍の1%時のガス雲の密度分布。星印はやがてブラックホールに進化する大質量性を、白い点は小質量星を示す。中心には太陽の1000倍ほどのブラックホールが形成され、その周り多数の小質量星が形成されている
(出所:東北大ニュースリリースPDF)
今回の成果は、宇宙で普遍的に見られるSMBHや星団の起源を、1つの理論で統一的に説明できる可能性を示し、宇宙の成り立ちの理解において、大きな前進になるとする。また、天の川銀河のルーツに迫る鍵にもなるという。
今回、SMBHを生み出すために必要な宇宙の条件が解明されたことから、今後、天の川銀河内で金属がいつどのように作られ、広がっていったのかを解明していくことで、いて座A*が誕生した場所と時期を理論的に特定できる可能性もあるとした。加えて、銀河がSMBHとどのように関わりながら進化してきたのかを、より詳しく理解できるようになることも期待されるとしている。