電力中央研究所(電中研)は、次世代の定置用バッテリーである「酸化物系全固体電池」が抱える、詳細な電気化学特性評価の困難さを解決する「多層特殊セル」を開発したと5月30日に発表した。

  • (A)従来の全固体電池の模式図。(B)今回開発された多層特殊セルの模式図
    (出所:電中研ニュースリリースPDF)

同成果は、電中研 エネルギートランスフォーメーション研究本部の藤原優衣主任研究員、同・沓澤大主任研究員、同・小林剛上席研究員らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するエネルギー変換と貯蔵に関する学際的な分野を扱う学術誌「ACS Applied Energy Materials」に掲載された。

太陽光や風力などの再生可能エネルギーの導入を拡大するには、発電量の不安定さを補う電力系統の安定化が不可欠。その実現において重要な役割を担うのがバッテリーだ。

定置用バッテリーは高い安全性が求められるため、近年注目されているのが、電解質や正負極の電極活物質にすべて固体酸化物を用いる「酸化物系全固体電池」(全固体電池)である。同電池は、大気安定性や酸化還元安定性に優れる酸化物の特性により、大気との反応による有毒ガス発生の心配がなく、高温での安定動作も可能であることから、高い安全性を実現できると考えられている。

全固体電池の実用化にはいくつかの課題があり、そのひとつが評価手法だ。全固体電池では、キャリアイオン伝導を円滑にするため、固体電解質と電極活物質を密着させる必要がある。しかし、酸化物は一般に硬く、酸化物同士の密着には高温焼結が不可欠であり、その結果、堅牢なペレット状の電池が生成される。

このような堅牢な構造のため、酸化物系全固体電池では、詳細な電気化学的評価に必要な参照極の導入や、特定の充電状態にあたる電池からの電極の取り出し、評価用電池の再組み立てなどが困難であり、詳しい電気化学特性評価が難しいという課題があった。

研究チームはこれまで、酸化物系全固体電池の電気化学的評価を詳細に行うため、正極・電解質・負極の3層からなる通常の全固体電池に、電解質と電極の組を2組追加した多層特殊セルの開発を進めてきた。このセルを構成すれば、参照極を含む3極セルでの測定や、正負極を特定の充電状態へ調整する操作を電極をまぁ取り出すことなく行え、残容量測定や対称セルによるインピーダンス測定をひとつのセル内で実施可能となるとする。

今回の研究では、優れたナトリウムイオン伝導率を示す「NASICON型酸化物」の一種である「Na3Zr2(SiO4)2(PO4)」を用いた固体電解質層に、同じくNASICON型酸化物である「Na3Ti2(PO4)3」による電極活物質を正負極に用いたナトリウムイオン電池を、目的の酸化物系全固体電池とした。

その電池にNa3Zr2(SiO4)2(PO4)固体電解質と、別のNASICON型酸化物である「Na3V2(PO4)3」による電極活物質を用いた追加電極を2組加えた多層特殊セルを作製し、その機能を実証することにした。

実験の結果、追加電極を参照極として使用することにより、以下の3点が達成された。

  • 電池作動中の正負極の電位の個別測定
  • 追加電極を正負極の充電状態調整用電極として使用し、正負極の残容量測定と、劣化時のキャリアイオン減少の評価
  • 正負極を同じ材料で作製した対称セルを電池の代わりに包含した多層特殊セルにより、特定の充電状態の対称セル作製と、特定の電極の充電状態における電気化学インピーダンス情報の取得
  • 今回開発された多層特殊セルの機能の実証結果。(A)酸化物系全固体電池の作動中の正負極電位測定結果。(B)酸化物系全固体電池のサイクル劣化後の正負極残容量測定結果。(C)Na3Ti2(PO4)3電極活物質の正負極反応、それぞれの電位における対称セルの作製と電気化学インピーダンス測定結果
    (出所:電中研ニュースリリースPDF)

次に、多層特殊セルを用いた電気化学測定により、目的の電池の充放電サイクル継続時に発生する容量劣化挙動の原因が推定された。その結果、劣化後の正極の残容量が非常に大きく、劣化によってキャリアイオンが大きく失われていることが判明した。

さらに、多層特殊セルにおける正負極の条件を変えての実験が行われた。負極の電極活物質を炭素電極活物質に置き換えた対照実験では、同様のキャリアイオンの損失が確認された。加えて、充放電速度が速いほど、充放電効率が上がることも見出されたという。

これらの結果から、目的の酸化物系全固体電池で起きたキャリアイオンの損失は、固体電解質が負極側の低電位にさらされて分解されるときに、キャリアイオンを不活性化することによるものと推定された。これにより、酸化物系全固体電池における劣化原因が解明された。

今回の研究成果は、次世代バッテリーの適切な評価を可能にし、さらにはカーボンニュートラルと安定した電気事業の両立に寄与するものだという。今回得られた知見は、酸化物系全固体ナトリウム電池という特定種類の全固体電池の評価方法にとどまらず、他の全固体電池の評価においても活用が期待されるとしている。