米ラスベガスで開催されたデジタルマーケティング・顧客体験(CX)のカンファレンス「Adobe Summit 2026」に参加してきました。今年のメインテーマは「Experience Orchestration in the Era of Agentic AI(エージェント型AI時代における体験のオーケストレーション)」。
インターネット上のボット(エージェント)の活動量が人間を上回り、AIからのリファラルトラフィックも急増しています。生成AIは「便利なツール」の段階を越え、情報収集から判断、他のAIとの連携、タスク完遂までを担う「AIエージェント」が、顧客体験の入口に立ちはじめています。
Summitでは、こうした変化を前提に、Web検索(SEO)から生成エンジン最適化への戦略シフト、エージェント同士が連携する「自律性」の追求、ブランドのトーンや権利関係を守る「信頼性」の担保など、エージェント時代への適応が多角的に議論されました。
それらについては、イベントレポート「Adobe Summit 2026、人とAIに向けた顧客体験基盤「CX Enterprise」発表 」 、および「AIはあなたのブランドを何と語っているか」 AI時代のブランド可視性が経営課題に」で取り上げています。
これらは今後数年で大きなトレンドとなっていくでしょう。
では、さらにその先、Z世代の影響力が一段と増す2030年代にはどんな景色が広がるのでしょうか--。まだ現実味の薄い話も含まれますが、知っておくと備えになる、Summitのセッションで示された未来予測を紹介します。
エージェント型検索から「エージェント型コマース」への進化
現在、EコマースにおけるAIの役割は、主に商品選びを手伝うところまで。購入の最終判断は人間が下しています。次の段階は、AIエージェント同士が交渉し、エージェントが注文や支払いまで担うようになる「エージェント型コマース」です。
VML Intelligenceのエマ・チウ氏によると、AIエージェントによる商品推薦を信頼する人、ショッピングで自分の代わりに動いてくれるAIエージェントに期待する人はすでに一定数存在しています。OpenAI、PayPal、Stripe、Mastercardなども、チャット内決済やエージェントによる取引を見据えた仕組みを整え始めています。
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ただし、消費者は検索を通じて、すでにエージェント的な体験に触れ始めています。AI検索が商品推薦を担い始めたことで、消費者の購買行動は「自分で探す」から「AIに相談する」へ移りつつあります。その先に、AIが購入や支払いまで行うエージェント型コマースがある、とVMLのジェイソン・カーメル氏
ここでマーケターに求められるのは「人間の購買ジャーニー」だけでなく「エージェントの購買ジャーニー」も設計することです。人間には情緒、物語、価格、レビュー、比較表などが効きます。一方、エージェントが重視するのは、仕様、在庫、価格、返品条件、互換性、過去の嗜好との一致など、機械が判断しやすい情報です。
これからのEコマースは、人間に魅力を伝える場であると同時に、AIエージェントが正しく判断できる情報基盤でもなければなりません。
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約半数が「AIエージェントが自分の代わりに商品を推薦することを信頼する」、「AIが買い物で自分の代わりに動くことに期待している」と回答。ショッピングに関しては、消費者のAIに対する抵抗感は和らぎつつあります
パーソナライゼーションは「ペルソナ」から「個人の複数エージェント」へ
その先にある変化として、VMLのジェイソン・カーメル氏は「人は複数のエージェントを持つようになる」と予測しました。
従来のパーソナライゼーションは、基本的に企業側の推測で成り立っています。たとえば「30代、都市部在住、共働き、子育て中、健康志向、時短ニーズあり」といったように、一人の顧客を属性の束として捉えます。いわゆるペルソナです。
これは便利な考え方ですが、限界もあります。同じ人でも、仕事中、家族と過ごしている時、趣味に没頭している時、お金を節約したい時では、判断基準がまったく異なるからです。
仕事中には生産性や効率性を重んじる人が、休日は効率よりも、子どもが楽しめるか、家族の思い出になるかといった情緒的・体験的な価値を重視するかもしれません。顧客は1つの固定された人格ではなく、状況ごとに異なる「判断モード」を持っているのです。従来のパーソナライゼーションは、この複雑さをかなり粗くまとめていました。
ここにAIエージェントが入ると、構造が変わります。
買い物用エージェント、仕事用エージェント、金融用エージェント、旅行用エージェント、健康管理用エージェントのように、目的別の代理人を持つことが可能です。それぞれのエージェントは同じ顧客を代表していますが、仕事エージェントは「効率性」、旅行エージェントは「家族構成、体験価値」というように重視する条件が異なり、状況に応じて動的に使い分けられます。
このとき企業が相手にするのは、「30代の共働き世帯」のような静的なペルソナではありません。その瞬間に現れたエージェントが、何を目的にし、どんな条件を重視しているのかです。言い換えると、マーケティングは「顧客を分類する」ものから、「顧客側の代理人が提示する目的に応答する」ものへ変わります。
ホテル予約で考えてみましょう。従来は企業側が「この人は家族向けホテルを見ていた。子ども連れかもしれない」と推測していました。しかし、旅行エージェントが「大人2人、子ども1人。予算は1泊250ドル以内。空港から45分以内、子どもの就寝時間を考慮」といった条件を持って問い合わせるようになれば、企業側の推測はかなり不要になります。
代わりに問われるのは、ホテル側がその条件に正確に応じられるかです。「家族向け」とうたうだけでなく、なぜその家族に合うのかを、エージェントにも人間にも分かる形で示せるかが重要になります。
「欲しい」と思う前に、AIが消費を組み立てる
セッションでは「自分への誕生日プレゼント」「AIコンパニオンからの贈り物」「死後の購買」といった、いまは半分ジョークのように聞こえる消費行動が、将来的には現実味を帯びる可能性も示されました。
Z世代には、すでに自分へのご褒美としてホリデーギフトを買う傾向がみられます。そこにAIエージェントが加わると、自分へのご褒美がサプライズプレゼントになり得ます。「死後の購買」は、自分が亡くなった後も、残された家族や友人の誕生日に毎年最適なプレゼントをエージェントが選び、手配して届けるという発想です。
これらをシュールに思う人は少なくないでしょう。AIからのサプライズギフトは、箱を開けるワクワク感はあっても、後日クレジットカード払いで代金は自身に請求されます。
それでも、たとえば、そろそろ新調したいと思っていたツールをAIコンパニオンが手配してくれたら、自分の状況や好みを理解してくれるAIにパートナーのような感情を抱くかもしれません。カーメル氏はこうしたAIコンパニオンとの関係を「ファンタジーへの参加」と表現していました。
チウ氏は、AIアシスタント、AI同僚、AIコンパニオンとの関係が広がることで、人間とテクノロジーの関係は感情的なものになると予測しています。若年層では、デジタル現実と物理現実の境界をあまり区別しない人、AIと意味ある関係を築いたと感じる人、AIに恋愛感情を持つ可能性を受け入れる人も出てきています。
「AIエージェントに法人格のような権利(Corporate personhood)を」という議論もあり、AIが独自のお小遣い(仮想通貨など)を稼ぐようになって、本当の意味で自分の財布を痛めずにプレゼントをもらえる--。そんな未来が来る可能性もゼロではありません。
ここで重要なのは、この背後に「購買の主体」の変化があるということです。これまでは「人間が欲しいと思い、検索し、比較し、購入する」が前提でした。しかし、AIエージェントが好みを理解し、先回りして提案し、場合によっては購入まで実行するなら、人が「欲しい」と思う前に消費が組み立てられるようになります。
マーケティングは、顕在化したニーズを捉えるだけではなく、ニーズが生まれる前の文脈にどう関わるかを問われるようになるのです。
技術よりも、行動の変化を見る
とはいえ、カーメル氏は「今すぐマーケティング基盤を全面刷新するべきではない」と釘を刺しています。技術は急速に変わっており、勝ち残る仕組みもまだ見えていません。今は大規模な再プラットフォーム化に走るよりも、小さく実験しながら、人間やエージェントの行動変化を観察する段階です。同氏はこれを「behavior before technology(テクノロジーよりも行動を先に見る)」と表現していました。
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エージェント同士が自律的にやり取りする未来は来るが、今はまだ「パフォーマンスアートの段階」(実験的な段階)であるとカーメル氏。「エージェントだけが参加するソーシャルネットワーク」のような先端的な実験が大きな話題になったりするが、それらを「未来の本質と取り違えてはいけない」と警告
この考え方に立つと、これからのマーケティング組織の役割が見えてきます。
データアナリストには「探偵」のような役割が求められます。単に数値を集計するだけではなく、アクセスの背後にいるのは人間なのかエージェントなのか、そのエージェントは何をしに来たのか、どの接点で人間の行動に変わったのか、といったデータのなかに潜むシグナルを読み解く力が必要になります。
クリエイターは「実験者」になります。AIエージェントと人間が入り混じる環境では、何が刺さるかが常に変動します。ブランドの個性を前面に出すべき場面もあれば、あえてブランド色を抑え、AIが読み取りやすい情報を提示すべき場面もあります。その見極めのために、細かなテストを繰り返す姿勢が欠かせません。
開発者には、セラピストのような視点が求められます。人間はAIコンパニオンやAIアシスタントに、これまでのソフトウェアとは異なる感情的な愛着を抱き始めています。機能が正しく動くだけでなく、人間の心理や感情的なつながりを理解し、システムに「共感性」を組み込むことが重要になるというわけです。
そして、「Human in the loop」のあり方も変わるでしょう。
エージェント同士がやり取りを重ねる将来には「semantic drift(意味のズレ)」が起こり得ます。たとえば、「30代の共働き世帯に向けて、時短ではなく『家族で過ごす時間の質』を訴求するキャンペーン」を指示したとします。
1つ目のエージェントが「家事の効率化を訴求するキャンペーン」と解釈し、それを踏まえて次のエージェントが「時短をアピールする広告コピー」を作ると、本来は『家族で過ごす時間の質』を提案するはずだったキャンペーンが、いつのまにか『時短できる便利な商品』の話に置き換わってしまいます。この伝言ゲームで起こるズレのような問題が「semantic drift」です。
現在、Human in the loopは、AIの出力を人間が確認する仕組みとして捉えられています。複数のAIエージェントが連携する将来の環境において人間は、AIが出した文章や施策が正しいかを確認するだけでなく、最初の意図、ブランドの声、顧客に与えたい感情が保たれているかを見続ける役割を担う必要があります。
AIエージェントが消費の起点から決済までを担うようになっても、ブランドが何を約束し、どんな感情を顧客に届けたいのかを定義する仕事は、最後まで人間の手に残るでしょう。そうであるなら、エージェント時代において最終的に問われるのは、自動化の度合いではありません。「自分たちのブランドは何者か」という、極めて古典的な問いへの答えにこそ核心が宿ります。



