2号機「アシーナ」のミッション

オディシアスの成果を下敷きに、完璧な着陸の成功と、より本格的な科学ミッションを行うため、インテュイティヴ・マシーンズは2号機「アシーナ」(Athena)を開発した。アシーナとはギリシア神話に登場する女神アテーナーの英語読みである。ミッション名は「IM-2」(Intuitive Machines-2)と呼ばれる。

機体の基本的なつくりはオディシアスと同じだが、故障したレーザー測距システムの改良など、成果や教訓が反映されている。

アシーナが着陸をめざすのは、月の南極から約160km離れたところ(南緯85度、西経31度)にそびえる標高約6,000mの山「ムートン山(Mons Mouton)」である。これまでのどの月探査ミッションよりも南極に近い。

その位置と地形から、太陽光がまんべんなく当たる領域と、常に太陽光が当たらない「永久影」になっている領域が隣接しており、科学的に興味深い場所である。

とくに永久影は、水が氷の状態で存在しているのではないかと考えられている。月の環境下では、基本的に水はすぐに揮発してしまい、地球の海の水のようには存在できない。しかし、永久影の中は常に極低温の状態が維持されている。そこに小惑星や彗星が衝突したり、太陽風によって水素が運ばれたりすれば、水が氷の状態で保持されている可能性がある。

実際、過去の探査によって水の痕跡が発見されているものの、どこにどれだけ水があるのかなど、詳しいことはまだわかっていない。

月に水があることがわかれば、科学的に大きな成果であるだけでなく、ロケットの燃料(酸素と水素)や飲料水などに活用できる可能性があるため、将来の探査活動や有人月面基地の建設の実現可能性が大きく高まる。

とくにアシーナが着陸をめざすムートン山は、そうした水がある可能性が示唆されており、アルテミス計画において宇宙飛行士が着陸し、探査を行う候補地のひとつにもなっている。つまりアシーナは、人間に先立って水の有無などを調べる先遣隊の役割をもっている。

アシーナには、NASAが開発した月の水を探すための機器「PRIME-1」(Polar Resources Ice Mining Experiment 1)が搭載されている。

PRIME-1は、「TRIDENT」ドリルと、「MSOLO」質量分析計から構成されている。TRIDENTは地下1mまで採掘して土壌を採取できる。MSOLOはその採取した土壌内の水の量やその他の揮発性物質を特定し、定量化することができる。

NASAはまた、「LRA」(Laser Retro-reflector Array)というペイロードも提供している。LRAは、アシーナの機体に取り付けられた、約1cmの反射鏡8枚からなる装置で、月を周回する探査機から発されたレーザー光を反射することで、月面上の着陸機の位置を正確に特定することができる。

さらにLRAは、月面の昼夜を問わず、誘導やナビゲーション用の基準点としても使用できる。将来的に、このLRAを積んだ探査機を月面に複数設置することで、着陸する宇宙船の精密な誘導が可能になり、自律的かつ安全な着陸ができると期待されている。

  • PRIME-1の想像図
    (C)NASA

マイクロ・ノヴァ・ホッパー

アシーナは、PRIME-1に加えて、インテュイティヴ・マシーンズが開発した小型探査機「マイクロ・ノヴァ・ホッパー」(μNova hopper)、愛称「グレース」も運び、月面へ展開する。

グレースは質量39kgで、六角柱の形をしている。ホッパーという名のとおり、ヒドラジン・ロケットを噴射して100mほどジャンプし、飛び跳ねながら移動するユニークな探査機で、深いクレーターの中など、従来の月探査機では到達が難しい場所を探査できる。ミッション中、約25km移動し、永久影があるクレーターの中に入ることが計画されている。

また、カメラや水素を探知できる中性子分光計、温度計を装備しており、永久影になっているクレーターの中を撮影したり、水素の有無や温度を調べたりもできる。

  • マイクロ・ノヴァ・ホッパーの想像図
    (C)Intuitive Machines

その他のペイロード

アシーナにはこのほかにも、民間企業から委託を受けた複数のペイロードが搭載されている。

  • ノキアの月面通信システム「LSCS」(Lunar Surface Communication System)
    通信大手ノキアが開発した月面通信システムで、地球上で何十億ものデバイスで使われている4G LTE通信システムを、月面で使えるようにしたもの。実際にアシーナとマイクロ・ノヴァなどと間の通信を実証することが計画されており、探査機の状態を示すテレメトリー・データをはじめ、探査機の制御、動画のストリーミングなどを行う
  • MAPP (Mobile Autonomous Prospecting Platform)
    米国の民間企業ルナー・アウトポストが開発した、質量約10kgの月探査車で、各種センサーを使用し、自律的に月面を移動することができるようにつくられている。また、特殊なホイールとサスペンションをもち、これまで探査が困難だった地形や領域にアクセスできるように設計されており、それら新しい技術の実証を行うことをめざしている
  • 月面探査車「YAOKI」
    日本の民間企業ダイモンが開発した月探査車で、15×15×10cmと小型軽量ながら、頑丈で、また転んだり倒れたりしても走り続ける能力をもっている。アシーナからの分離後、その近くを走行し、月面の画像を撮影することが計画されている
  • ルナー・アウトポストの月探査車MAPPと、それに搭載されたノキアの月面通信システム「LSCS」の想像図
    (C)Intuitive Machines

3月6日にも月面着陸へ

アシーナは日本時間2月27日9時16分(米東部標準時26日19時16分)、フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターから、スペースXの「ファルコン9」ロケットで打ち上げられた。

アシーナは打ち上げ後、姿勢が安定していること、また太陽光発電や通信が確立できていることが確認できており、機体は良好な状態にあるという。

今後、3月3日に月を回る軌道に入り、軌道修正や搭載機器の確認などを経たのち、早ければ3月6日にも、ムートン山への着陸に挑むとしている。

なお、この打ち上げではNASAの月周回探査機「ルナー・トレイルブレイザー」、米民間企業アストロフォージの深宇宙探査機「オーディン」、エピック・エアロスペースの軌道間輸送機「キメラ」が相乗りしていた。このうちルナー・トレイルブレイザーは、月の極軌道を回りながら、やはり水を探すことを目的としている。

アシーナの打ち上げが成功したことで、現在月へ向かっている探査機は3機となった。

現在、月周回軌道には、米民間企業ファイアフライ・エアロスペースの「ブルー・ゴースト」がおり、3月2日に同社初の月面着陸に挑む(追記:3月2日に着陸成功)。

また、日本の民間企業ispaceの月着陸機「レジリエンス」(RESILIENCE)も、先ごろ月フライバイ(通過)を経て、時間はかかるものの効率よく月へ行ける「低エネルギー遷移軌道」を使い、月へ向かっている最中にある。着陸は5月以降に予定されている。

人類が同時に3機の月着陸機を運用するのは、史上初めてのことである。はたして、月に水はあるのか。そして民間企業による月開拓ビジネスは成立するのか。これらの探査がもたらすデータは、月の科学を解き明かし、人類の月探査の未来を切り拓く手がかりとなるだろう。

  • 打ち上げ準備中のアシーナ
    (C)Intuitive Machines

参考文献