東京都立大学(都立大)、東北大学、京都産業大学(京産大)、東京大学(東大)、国立天文台、フォトクロスの6者は2月14日、南米に位置するチリ・ラスカンパナス天文台のマゼラン望遠鏡(口径6.5m)に搭載されている近赤外線高分散分光器「WINERED」(東大と京産大で開発)を用いて、質量約1.8~2.7eVの領域(電子の約1/20万)でダークマターが崩壊した際に放出する近赤外線光子の検出実験を実施した結果、わずか4時間弱の観測で、世界最高レベルの感度でダークマターの寿命の下限の推定に成功したと共同で発表した。
同成果は、都立大大学院 理学研究科の殷文准教授(2024年3月まで東北大助教)、東大大学院 理学系研究科の松永典之助教、京産大の大坪翔悟研究員、国立天文台 ハワイ観測所の谷口大輔学振研究員、フォトクロスの池田優二代表取締役らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
ダークマターは未知の物質として知られるが、その質量がeV領域とした場合の正体として、「アクシオン」や「ホットダークマター」などの候補が挙げられている。前者は非常に質量が軽く、通常物質との相互作用が極めて弱く、シナリオ「ALP miracle」においては、まれに(近)赤外線輝線へ崩壊することが予言されている。一方で後者は、初期宇宙の熱いプラズマの一部がそのまま残ってダークマターとするものだ。40年ほど前に銀河形成理論と矛盾するとして棄却された「eV質量帯を予言するパラダイム」だったが、近年では必ずしも棄却されない可能性も指摘されている。
さらに、ダークマターが(近)赤外線輝線へ崩壊する場合には複数の独立な観測的示唆があるため、eVダークマター仮説は有望であるといえるという。もしダークマターの稀な崩壊による光子を検出できれば、理論的背景を問わず、さまざまな候補を同時に検証することが可能となる。しかし、(近)赤外線観測においては熱輻射や黄道光などの背景が明るいため、このまれな崩壊による淡い光の探索は困難であると考えられてきた。
このような背景の下、2022年に都立大の殷准教授(当時は東北大助教)らにより新たに提案されたのが、高分解能赤外線分光器を用いることで、連続光である背景光が暗く見えることを利用し、ダークマターの崩壊で生成される線スペクトルの直接検出または制限する手法だ。そこで研究チームは今回、WINEREDを用いて、ダークマターが高密度に存在する矮小楕円体銀河である「Leo V」と「Tucana II」を対象に実観測実験を行うことで、同手法の有効性を実証することを目指したという。
WINEREDは、高い透過率(最大50%)や高い波長分解能(波長を1/2万8000に分解可能)などを有する、近赤外線領域においては現在世界一の感度を誇る装置だ。そして今回の観測対象である矮小楕円体銀河は、ダークマターのランダムな運動速度が小さいことが知られており、ランダム運動によるドップラー効果からの線スペクトルの広がりを無視できる点が選定理由だ。なお、露光観測の合計は約4時間だった。
観測中は、光学系の安定性確保、夜光などの大気放射光、黄道光の影響を低減するため、観測対象と暗い空の間で望遠鏡を交互に動かす「ノッディング法」を用いて、背景放射が徹底的に除去された。また、相対速度によって波長が変化するドップラー効果を考慮し、相対速度の異なる複数の矮小銀河のデータを活用することで、地球側に起因する系統的な輝線の放出や吸収が効果的に除去された。さらに、銀河内でのダークマターの密度の広がりを示す理論モデルである「ダークマター分布」については、不定性を含めた複数のモデルを用いて、観測座標付近のダークマター数密度が導出された。そして解析の結果、観測データ中に狭線(線スペクトル)の有意なシグナルが確認されなかった波長範囲における雑音レベルから、ダークマターの寿命に関して極めて厳しい下限値と、光子との結合に関して厳しい上限値を算出することに成功したという。
観測データに基づくと、質量が1.8~2.7eV付近のダークマターが光子2体に崩壊する場合、標準的なNavarro-Frenk-White分布を用いるとダークマターの寿命は1025~1026(10𥝱~100𥝱)秒以上であることが判明。これは宇宙の年齢の約1億~約1000万倍以上に相当する。ハッブル宇宙望遠鏡のデータ解析によって得られた既存の上限値などを塗り替える成果だったとした。
なお、今回の研究で利用されたデータには含まれていないが、少数の波長域において、有意なシグナルと思われるものが得られたといい、研究チームは今後の追観測やさらなる詳細解析によって、その正体を明らかにしていくとしている。