東京大学(東大)、東北大学、科学技術振興機構(JST)の3者は2月7日、従来は磁石の中で短時間しか存在できないと考えられていた磁気振動の情報(コヒーレンス)が桁違いに長い時間隠れて存在できる機構を発見し、それを取り出せることを明らかにしたと共同で発表した。

  • 隠されていた磁気振動の情報(コヒーレンス)が取得された

    隠されていた磁気振動の情報(コヒーレンス)が取得された(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、東大大学院 工学系研究科の巻内崇彦特任助教、同・日置友智助教、同・清水祐樹大学院生、同・星幸治郎特任研究員、同・齊藤英治教授(東北大 材料科学高等研究所 主任研究者/東大 Beyond AI 研究推進機構 教授兼任)、東北大 材料科学高等研究所のMehrdad Elyasi助教、同・Gerrit Ernst-Wilhelm Bauer主任研究者らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学および材料工学全般を扱う学術誌「Nature Materials」に掲載された。

磁石に外部から磁場を与えると、電子スピンが揃って動く磁気振動状態を生成することができ、その振動からはさまざまな情報を得ることが可能だ。たとえば、その振動の速さからは物質の種類や空間分布の情報を得ることができる。また磁気振動は0や1の情報を対応させられるため、その性質を情報デバイスなどに活用すれば、常温で動作する演算素子を作ることが可能となる。

しかし磁気振動の情報、つまりコヒーレンスは短時間で失われてしまうという、実用化に向けての大きな課題が存在していた。もし、より長時間コヒーレンスから情報を取り出せるとすれば、室温動作する磁気情報デバイスへの応用が期待できるという。そこで研究チームは今回、コヒーレンスを測る新しい実験手法を開発し、それが存在できる機構の実証に挑んだとする。

磁石(強磁性体)は、多数のスピンの向き(磁場の方向)が揃った状態(磁化)で存在している。これに外部からマイクロ波の振動磁場を与えると、スピンは力を受け、一斉に磁場の周りを振動するようになる(歳差運動)。この振動のコヒーレンスは外部からマイクロ波を与え続ける限り維持されるが、マイクロ波を止めると摩擦によって減衰するためコヒーレンスが失われていく。

  • 通常の磁化歳差運動

    通常の磁化歳差運動。物質の中にはスピンが多数存在し、磁石では電子のスピンの向きが揃って磁化(画像中の赤矢印)を形成する。物質に磁場をかけると、磁化は磁場の周りを振動(歳差運動)する。マイクロ波による励起中はスピンが揃って動くためコヒーレンスを保った歳差運動が続くが、励起を止めると、スピンが摩擦で止まり始め、約100ns後にはコヒーレンスは失われると考えられてきた(出所:共同プレスリリースPDF)

そこで今回の研究では、外部からの力を絶った後の磁気振動の情報を取り出す「ポンプ-プローブ測定法」が開発された。同測定手法は、ブランコの立ちこぎと同じ原理の「パラメトリック励起」が用いられる。ブランコの立ちこぎでは、身体を上下に動かすとブランコを大きく動かすことができ、それと同じように、共鳴周波数(パラメータ)を周期的に変化させ、その半分の周波数の振動を引き起こすというものである。ここで重要なポイントは、励起を開始した瞬間にブランコが前に進むか(0位相)後ろに進むか(π位相)という点だという。たとえば、0位相が実現する確率の方が大きかった場合、ブランコが0位相のコヒーレンスを持っていたことがわかるのである。

  • (a)ポンププローブ測定の模式図。(b)ポンプが線形励起の場合の結果。(c)パラメトリック励起のポンプパルスを印加した結果。(d)0位相状態の模式図。(e)π位相状態の模式図

    (a)ポンププローブ測定の模式図。(b)ポンプが線形励起の場合の結果。(c)パラメトリック励起のポンプパルスを印加した結果。(d)0位相状態の模式図。(e)π位相状態の模式図(出所:共同プレスリリースPDF)

研究チームは同測定手法を何度も繰り返し、磁石のコヒーレンスがどれだけ長く存在できるかを調査。最初に共鳴周波数と同じ周波数の力を加えた場合では、事前に予想されていた通りに、約100ナノ秒(ns)後にはコヒーレンスが失われ、0位相を読み出す確率が50%(コイントスと同様のランダムさ)となったという。

一方、最初にパラメトリック励起を行うと、約5000ns(=約5μs)という桁違いに長い時間まで何度も振動することが確認されたとのこと。もちろん通常の意味における磁化の歳差運動は約100nsで失われるため、この結果はコヒーレンスが約5000ns“隠れて”存在していたことを示唆しているとする。

この確率振動を説明するため、研究チームはさらに理論モデルを構築し、検証実験を実施。理論モデルでは、コヒーレンスの情報を半分の周波数の運動に埋め込み、その情報を再び元の周波数として取り出す機構が考案された。実験では、磁化歳差運動の振幅・位相・ゆらぎを取得する状態トモグラフィを利用して振幅の時間変化を測定し、理論と同じ特徴的な2つの傾きが現れることが実際に観測された。以上の結果から、桁違いに長い時間磁気振動の情報を保持できる機構が存在し、その隠されていた情報を取り出せることが突き止められたとした。

  • 理論モデルの概念図と実験結果

    理論モデルの概念図と実験結果。(ad)スピン波を量子化した「マグノン」の周波数運動量の関係(分散関係)。底に蓄積したマグノンに隠れたコヒーレンスが存在し、「3-マグノン結合」とパラメトリック励起でそのコヒーレンスを取り出す過程を表している。(e)理論モデルに基づく数値計算で得たマグノン振幅の時間変化。(f)状態トモグラフィ測定によって得たマグノンのウィグナー関数の軌跡。(g)状態トモグラフィ測定で得たマグノン振幅の時間変化(出所:共同プレスリリースPDF)

今回、磁石に隠されていた磁気振動が発見され、その情報を取り出せたことで、磁気情報デバイス開発への可能性を拓いたといえるという。さらに今回発見された情報保持機構は、スピントロニクスや磁性の分野だけでなく、材料物理学・物性物理学の広範囲に影響を与えるものと考えられるとのこと。また、磁性体をnmサイズに集積化し演算素子やメモリに利用する際も、この原理により隠れたコヒーレンスを利用できるようになるといい、今後は磁石の物理がさまざまな量子物性物理学の領域と融合するように展開していくと期待できるとしている。