産業技術総合研究所(産総研)とNTTは12月20日、複数の量子ドット素子から発生する微小電流を世界最高クラスの精度で比較・制御する技術を開発することに成功したと発表した。

同成果は、産総研 物理計測標準研究部門 量子電気標準研究グループの中村秀司 主任研究員、同 物理計測標準研究部門の金子晋久 首席研究員、NTTの藤原聡 上席特別研究員、同 山端元音 特別研究員らによるもの。詳細は同日付で米国化学会発行のナノサイエンス分野の学術雑誌「Nano Letters」に掲載された

これまでの電流標準の決定手法

これまで、電流の測定を担保するために必要となる電流の基準(電流標準)は、「量子ホール効果」と「ジョセフソン効果」によって決められた抵抗標準(量子ホール抵抗標準)と電圧標準(ジョセフソン電圧標準)を組み合わせ、オームの法則に基づいて間接的に実現されてきたが電流値がフェムトアンペアやナノアンペアといったように小さくなっていくにしたがい、相対不確かさが大きくなっていくという課題があり、例えばナノアンペア以下の微小電流では10-3以下の相対不確かさを持った電流標準は実現されてこなかったという。しかし、近年の科学分野の発展に伴い、医療における放射線計測や化学向けの粒子計測などといった分野にて、高精度計測に必要な微小電流標準の実現が求められるようになってきた。

また一方で、2018年にフランスで開催された「第26回国際度量衡総会」において「キログラム」、「モル」、「アンペア」、「ケルビン」の4つの基本単位の新たな定義が採択され、2019年5月20日の世界計量記念日から新定義が適用されるようになった。アンペアにおいては、電子の電荷(クーロン)が定義値となったことから、不確かさの小さな電流標準を作りだすことができると期待されるようになってきた。技術的にも、半導体プロセス技術の微細化に伴い、電子を1粒ずつ制御可能な微小な素子「単一電子素子(単電子トランジスタ:SET)」の製造が可能となり、決まった個数の電子を導体上に流すことで、不確かさの小さな電流の実現を目指す取り組みが進められるようになってきたという。

こうしたこれまでの取り組みにより、現在までに160pAの電流をおよそ10-7の相対不確かさで発生することが可能となったというが、より実用的な標準を実現するためには、使用する素子の違いに関係なく、一定の電流を発生する技術を確立すること、ならびに電流値の可変とより小さな不確かさを同時に達成する必要があるものの、従来の単一電子素子では、複数の独立した素子で一定の微小電流を同時に発生させた際の電流値の同等性・普遍性の検証が行なわれていなかったとするほか、1秒間に流す電子の数を多くすると、電子の運び損ないが発生し電流の不確かさが大きくってなってしまうという問題もあったという。

ppmオーダーでの電流値の相対不確かさを確認

そこで今回の研究では、産総研の精密電流計測技術とNTTの世界最高クラスの精度で電流を発生させるシリコン量子ドットの作製技術を組み合わせることで、こうした問題の解決に2018年より挑んできたという。

最終的な目標精度として0.01ppm(10-8)の実現を目指し、NTTのシリコンナノプロセスラインを活用して、大きさ数十nmほどのシリコン量子ドットを複数作製。そうして作製された素子を産総研にて測定を実施するという体制で、具体的には、2つの独立した単電子転送素子それぞれが1秒間に10億個の電子を送り出し、発生させた電流をドレイン側の電圧として測定。ドレイン-ゲート間に流れる電流がゲート電圧に対して変化しない電流プラトー領域の精密な評価を行い、素子間の差分を測定したところ、1GHz動作で0.4ppm(10-6)以下で2つの素子の電流が一致したことを確認したという。これは、1秒間におおむね10億個の電流が送られたが、2つの素子の送った電子の数の差は400個ほどに抑えられたことを示すという。

  • 今回の実験で用いられた技術的特長
  • 今回の実験で用いられた技術的特長
  • 今回の実験で用いられた技術的特長
  • 今回の実験で用いられた技術的特長
  • 今回の実験で用いられた技術的特長とそれによる成果 (提供:産総研/NTT)

  • シリコン量子ドットによる電流発生メカニズム

    シリコン量子ドットによる電流発生メカニズムと2つの素子それぞれで発生した電流値 (出所:産総研Webサイト)

さらに2つの素子を並列に並べて足し合わせても、不確かさを10-6程度に維持したまま、電流の大きさを2倍にすることにも成功。この成果について研究チームでは、シリコン量子ドットを用いた複数の単電子転送素子の並列動作とナノアンペア電流生成につながる成果となると説明している。

  • 2つの単電子転送素子の合成電流測定実験の結果

    2つの単電子転送素子の合成電流測定実験の結果 (提供:産総研/NTT)

なお、今後については、今回の研究成果である相互比較と並列化による電流の逓倍技術を活用する形で、より多くの素子での並列駆動を行っていくことで、微小電流標準の確立を目指したいとするほか、今回の技術を用いた量子電流標準と量子ホール抵抗標準、ジョセフソン電圧標準の3つをオームの法則を介して組み合わせることで、量子力学的な現象によって実現された「電流・抵抗・電圧」の3つの標準の整合性を確かめる「量子メトロロジートライアングル」の検証を行っていくことで、基礎物理学の進歩ならびにさまざまな精密計測技術への応用につなげたいとしている。また、シリコン量子ドット技術は量子コンピュータ研究にも活用されていることから、そちらの方向での応用も期待できるともしている。

  • 量子メトロロジートライアングル

    量子メトロロジートライアングルのイメージ (提供:産総研/NTT)

参考文献

電流標準の現状と展望 (産総研技術資料、著:中村秀司)
国際単位系の定義改定について (経済産業省 計量行政室)