量子科学技術研究開発機構(量研機構)は8月2日、放射線グラフト重合で作製した高分子電解質膜(PEM)の「グラフト型PEM」において、これまで未解明だった親水相内のグラフト高分子と水が、それぞれ独立に連結した共連続相分離構造であることを解明したことを発表した。

また同構造では、燃料電池などに利用される汎用PEMには観察されない約2nmの水のみからなるイオンチャンネル相とグラフト高分子相が、それぞれグラフト型PEMが示す高イオン伝導性と低含水性の発現に重要であることを明らかにしたことも併せて発表された。

同成果は、量研機構 量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所先端機能材料研究部プロジェクト「高分子機能材料研究」のザオ・ユエ プロジェクトリーダー/上席研究員らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する高分子科学に関する全般を扱う学術誌「Macromolecules」に掲載された。

放射線グラフト重合は、ボタン電池用隔膜や食塩製造用イオン交換膜など多くの製品の製造で実績があり、最近では燃料電池の性能を決める鍵となる材料であるPEMへの適用が検討されているという。放射線グラフト重合により作製されたこれらの膜(グラフト型PEM)の内部には、強度を担う疎水相と水素イオン伝導性や含水性などの機能性を担う親水相があることが知られている。

グラフト型PEMの親水相は、イオン交換基である「スルホン酸基(-SO3H)」を持つグラフト高分子が水を含んだ状態であり、この中を水素イオンが水素極(負極)側から酸素極(正極)側に移動することで、グラフト型PEMは、イオン伝導性を示すとされる。

含水性やイオン伝導性などの特性は、グラフト型PEM中のスルホン酸基の数や密度だけでなく、親水相の形態や接続性など複雑な構造の影響を受けるため、さらなる性能向上のためには、分子レベルのナノ構造の制御が必要だとされているが、過去50年間にわたって、親水相内の構造を分子・原子レベルでは解明できていなかったという。

量研機構ではこれまで、水を含む構造体の解析に適した「中性子小角散乱(SANS)測定」により、グラフト型PEM全体の構造を解明してきた経緯があるが、従来のSANS法では、親水相を構成する各成分の形態や接続性など分子レベルの情報までは明らかにできなかったという。

親水相内の正確なナノ構造を解明できれば、さらなる機能性向上を図るための指針となることが期待されることから研究チームは今回、グラフト型PEMの水素イオン伝導を担う親水相内のナノ構造解明に向け、軽水と重水で中性子の散乱が異なることを利用した構造解析手法「コントラスト変調SANS(CV-SANS)法」と、構成成分に対応する部分散乱関数(PSF)の算出を組み合わせた解析手法を用いることにしたという。