筆者は高校生のころ、華奢な体と可愛らしい声と引き換えに、成長痛を伴った大人の体を手に入れ、声も低くなった。筆者こそまさに、絵に描いたような二次性徴を体現した人間なのだ。

カラオケの十八番が歌えなくなり、成長痛が部活に支障をきたし、可愛いキャラというアイデンティティを形成しようとした矢先に背が伸び、など、大人になる喜びと同時に、進化なのか退化なのか分からない感覚に陥ることもあったのだ。

大人への移行期には往々にして、悩みがつきものなのだ。

今回は、そんな移行期にまつわる内容だ。地球という大きな生命体の在り方を人類が見直し、健全な方向、すなわち人類が持続的に地球上で生活できるように舵を切った場合のリスクに関してである。

いうまでもなくこのままの気候変動が続くと、人類が地球上で生活できなくなる可能性がある。海水面の上昇、新種のウイルス、飢餓、砂漠化など挙げればきりがないが、それらを食い止めるために脱炭素社会の実現が叫ばれている。SDGsはじめESG投資や炭素税などが検討される近年において、まさに人類が地球上での生活を改める移行期であると言えよう。

しかし、冒頭でも触れたとおり、移行期には悩みやリスクが伴う。地球からすると小さな生命体である私達の体1つとっても、移行期には大きな悩みに苛まれるのだから、そのスケールが地球規模にもなれば、その悩みやリスクは想像を絶することだろう。

そんな中で今回取り上げる研究は、人類が目指す脱炭素社会に移行する際の飢餓リスクについてだ。脱炭素化は社会のあらゆる部門で求められる一方、そのリスクについては多くの人が知らないであろう。変化にはいつもリスクが伴う。そのことを肝に銘じて読み進めて欲しい。

京都大学大学院工学研究科、国際農林水産業研究センター、立命館大学、国立環境研究所らの国際共同研究チームは、農業・土地利用分野で実施されうる気候変動対策による、国際農業市場および食料安全保障への影響を分析した。

詳細はオンラインジャーナル「Nature Food」に掲載されている。

地球の将来における気候変動は、豪雨や灼熱気温などの極端な気象現象が頻繁に発生し、さらに強度を増していくだけでなく、空間的広がりまでも増大させると予想されている。これらは、食料生産や農業分野にとって大きな懸念事項となっており、脱炭素化の動きが活発になっている。

しかし、脱炭素化における温室効果ガスの削減にもさまざまなリスクがあるとされている。既存の研究では、農業・土地利用分野の脱炭素戦略により食料価格が高騰し、食料安全保障に及ぼす潜在的な悪影響が指摘されてきた。

その主たる要因は3つに分けられる。①メタン・亜酸化窒素削減にかかる費用の増加、②バイオエネルギー作物の生産拡大による土地競合の激化、③森林地が蓄積する炭素の価値※1が高くなることで大規模植林の需要が高まり、その結果としての農地の縮小と食料価格の高騰、である。

これらは異なるメカニズムを通じて農業市場へ影響を与えうると考えられているものの、3つのうち、どの要因がどの程度将来の農産物価格、食料安全保障に影響を与えるのかは未解明であった。

そこで、同研究グループは、複数の世界農業経済モデルを使用して、2050年までの脱炭素シナリオの下で、これらの3つの要因が食料安全保障と農業市場へ及ぼす影響を推計、分析した。

  • 気候政策として炭素税が農業・土地利用部門にかかった時に起こりうる事象

    気候政策として炭素税が農業・土地利用部門にかかった時に起こりうる事象(出典:京都大学)

その結果、将来の人口増加、経済水準の向上といった社会経済条件のみを考慮したベースラインの場合、2050年における飢餓リスク人口は約4億1000万人と推計された。

一方、上述の3つの農業・土地利用の温室効果ガス削減策をすべて行なった場合には、国際食料価格は約27%増加し、それに伴い途上国の貧困層で購買できる食料が減少し、新たに1億1000万人が追加的に飢餓リスクに直面すると推計された。

そして、この3つの要因のうち、大規模植林が食料安全保障と農業市場に大きな影響を与える可能性があることが示された。内訳をみると、追加的な飢餓リスク人口1億1000万人の発生要因は、約50%が大規模植林、33%がメタン・亜酸化窒素削減、14%がバイオエネルギー作物の生産拡大によるものと推計された。

ただし同研究は、いずれの排出削減対策も世界一律の炭素価格(炭素税)を想定することで表現しているため、それが現実的ではない可能性にも留意する必要がある。

  • ベースラインと温室効果ガス削減施策を取り入れた時の世界平均食料消費量(a)、飢餓リスク人口(b)、食料価格(c)と、これらの指標に影響を及ぼす3つの要因(d,e,f)を表し、各パネルの一番左の棒グラフは3つの要因すべての影響を足したもので残りの棒グラフは各要因の影響を表す。パネル abcの幅、及びパネルdefにおけるマーカーの違いは6つの農業経済モデルの不確実性を表す

    ベースラインと温室効果ガス削減施策を取り入れた時の世界平均食料消費量(a)、飢餓リスク人口(b)、食料価格(c)と、これらの指標に影響を及ぼす3つの要因(d,e,f)を表し、各パネルの一番左の棒グラフは3つの要因すべての影響を足したもので残りの棒グラフは各要因の影響を表す。パネル abcの幅、及びパネルdefにおけるマーカーの違いは6つの農業経済モデルの不確実性を表す(出典:京都大学)

同研究グループは、農業・食料安全保障分野は、気候変動の影響と温室効果ガス削減策の両方が複雑に絡み合う分野であり、これらのそれぞれの要因を正しく理解し、対策を取っていくことが重要である可能性が示唆されたことから、今後も継続的な研究が必要であるとした。

文中注釈

※1:森林にはCO2を吸収する機能があることから、CO2排出量削減のためには森林地が増えることが望ましい。そこで、森林地に蓄積された炭素に価格付けをすると、土地の所有者にとっては、大規模植林で自分の土地を森林地に変えれば、より高価値の土地を所有できることになる。