東京医科歯科大学(TMDU)と東京大学は、加齢による皮膚再生能力低下の原因が、「XVII型コラーゲン」の分解による表皮幹細胞の運動能が低下することにあることを突き止めたと発表した。

同成果は、TMDU 難治疾患研究所 幹細胞医学分野の難波大輔准教授、同・西村栄美教授(東大 医科学研究所 老化再生生物学分野 教授兼任)、大阪大学の土岐博特任教授、国際医療福祉大学の松崎恭一主任教授、愛媛大学の佐山浩二教授、同・白石研講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、細胞に関する研究を扱う学術誌「Journal of Cell Biology」に掲載された。

加齢によって皮膚の再生能力が低下することはよく知られている。また、表皮の恒常性を維持するには表皮幹細胞が重要ともされているが、通常ならば治るはずの皮膚にできた傷が、何らかの阻害要因によって、通常の治療では治らない傷(皮膚潰瘍)となる「難治性皮膚潰瘍」では、表皮幹細胞の機能が障害されている可能性が示唆されており、その仕組みはよくわかっていなかったという。

そこで研究チームは今回、ヒト表皮幹細胞コロニー内と、幹細胞ではない表皮細胞が作るコロニー内における細胞集団の移動速度を調査。幹細胞コロニー内の細胞の方が素早く移動していることを確認したほか、ヒト表皮幹細胞の増殖や運動パターンのシミュレーション解析から、表皮幹細胞が自己複製し、コロニーが成長するには、表皮幹細胞の運動能力が必須であることを確認したという。

  • 皮膚の再生能

    ヒト表皮幹細胞の運動能と自己複製能の相関。(A)上段は、ヒト皮膚の上皮化の様子。下段は、ヒト表皮幹細胞コロニーの成長の様子。(B)培養系における、幹細胞コロニーと非・幹細胞コロニーの幹細胞の運動比較。(C)ヒト表皮幹細胞コロニーの成長を扱ったシミュレーションの様子。表皮幹細胞が自己複製し、コロニーが成長するには、表皮幹細胞の運動能力が必須であることが明らかにされた (出所:TMDUプレスリリースPDF)

実際に、若齢と老齢のマウスに傷を作製し、傷が治る過程でのさまざまな因子の活性状態について調査を行ったところ、表皮増殖因子(EGF)受容体の活性化が、加齢に伴って減少することが判明。培養系にEGFを添加し、ヒト表皮幹細胞のEGF受容体の活性化が行ったところ、表皮幹細胞の運動能力だけでなく、増殖能力が増加することも確認されたとした。

加えて、EGF受容体の活性化が、表皮幹細胞の維持に必須であるXVII型コラーゲン「COL17A1」の量を増加させることも見出された。ヒト表皮幹細胞では、EGF受容体が活性化すると、タンパク質分解酵素「TIMP1」の活性を阻害するタンパク質の発現が誘導される。このTIMP1によって、細胞膜にあるCOL17A1が分解されずに安定化することが、詳細な生化学的な解析から明らかにされたという。

  • 皮膚の再生能

    加齢によるEGF受容体シグナルの低下およびEGF受容体シグナルによるCOL17A1の安定化。(A)EGF受容体の活性化は、加齢に伴って減少する。(B~D)EGF受容体を活性化させると、表皮幹細胞の運動能力(B)および増殖能力(C)、さらにCOL17A1の量も増加させた(D)。(E)(B~D)の結果に加え、EGF受容体の活性化はTIMP1の発現も誘導。(F)TIMP1により、COL17A1が分解されずに安定化した (出所:TMDUプレスリリースPDF)

研究チームのこれまでの研究から、COL17A1は表皮幹細胞の機能維持に必須であることはわかっていたが、細胞レベルでの詳細な仕組みはよくわかっていなかったという。そこで、表皮幹細胞でのCOL17A1の発現量を抑制する実験を実施したところ、表皮幹細胞の運動性が低下し、表皮細胞集団が移動する速度が低下することが見出されたともする。

さらに、表皮幹細胞が移動する場合、その先端部分で細胞の運動性に関与する細胞骨格である「アクチン線維」と「ケラチン線維」の排他的な分布パターンが観察されることから、詳細な観察を実施したところ、COL17A1の発現量を抑制すると、このパターンが変化し、アクチン線維の領域が減少することが確かめられたともする。

これらの結果から、通常の表皮幹細胞では、EGF受容体にEGFなどが結合することで、EGF受容体シグナルが活性化し、タンパク質分解を阻害するTIMP1が細胞外に分泌され、このTIMP1がCOL17A1の分解を防ぎ、COL17A1が細胞膜上で安定に存在することで、アクチン線維とケラチン線維のネットワーク形成により、表皮幹細胞の高い運動能力が維持されるというメカニズムが見いだされたが、加齢によってEGFなどが減少し、EGF受容体が不活性化状態になると、TIMP1が継続的に供給されずに細胞膜上のCOL17A1が分解され、最終的に細胞骨格のネットワーク形成の破綻により、表皮幹細胞の運動能力が低下。このEGF受容体-TIMP1-COL17A1経路の不活性化が、加齢に伴う皮膚再生能力の低下に関与していることが考えられると研究チームでは説明している。

  • 皮膚の再生能

    EGF受容体-TIMP1-COL17A1経路によるヒト表皮幹細胞運動能の制御に関する模式図 (出所:TMDUプレスリリースPDF)

なお、ヒトにおいては、加齢に伴って皮膚でのCOL17A1の量が減少することが報告されているが、同様にEGF受容体を活性化するEGFの量も、血液中などで減少することが報告されている。そのため、今回の研究成果から、このEGF受容体-TIMP1-COL17A1経路を活性化することで、加齢によって低下した皮膚再生能力の改善や、難治性皮膚潰瘍に対する新しい治療法の開発につながることが期待されるという。