東京医科歯科大学(TMDU)、東京大学、日本医療研究開発機構(AMED)、アデランスの4者は6月24日、肥満を引き起こす要因が、毛包幹細胞に働きかけ、薄毛・脱毛を促進する仕組みを突き止めたと発表した。

同成果は、TMDU 難治疾患研究所 幹細胞医学分野の森永浩伸プロジェクト助教、同・西村栄美教授(東大 医科学研究所 老化再生生物学分野 教授兼任)らを中心とした、米・ミシガン大学、東大、千葉大、国立国際医療研究センター研究所、名古屋大学、東京理科大学など、総勢16名の国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」に掲載された。

人体を構成する多くの臓器は、加齢に伴いその機能や再生能力が低下し、さまざまな加齢関連疾患を発症するようになる。年齢とともに基礎代謝量が低下し、中年期になると太りやすくなることも知られているが、肥満がいかに臓器の老化や加齢関連疾患の発症と関わるのか、どの細胞集団が主たる標的となっているのか、いかなるプロセスやメカニズムによるのか、その全容は解明されていない。

加齢に伴う脱毛は典型的な老化形質として知られ、中年期から進行する。肥満が男性型脱毛症の危険因子となることは疫学調査によってすでに示されているが、肥満がより広く薄毛・脱毛に関わっているのかどうか、またその仕組みについては明らかにされていなかったという。

そうした中、研究チームはこれまで、毛の再生の元となる「毛包幹細胞」に着目し、加齢による薄毛・脱毛が毛包幹細胞の枯渇によることを明らかにしてきた。毛包とは毛を産生する哺乳類の皮膚付属器官のことだ。その毛包の再生を担う組織幹細胞が毛包幹細胞であり、毛包の「バルジ領域」といわれる部位に局在する。そして、自己複製によって幹細胞プールを維持しながら毛を生やす「毛母細胞」を供給している。

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    成長期初期の毛包の構造と毛包幹細胞の細胞分裂の仕方 (出所:共同プレスリリースPDF)

若年期においては、毛包幹細胞を周期的に活性化し、毛包の再生と退縮を反復することで毛が周期的に生え変わる。しかし、年を取ると毛包幹細胞が自己複製せずに表皮細胞に分化してしまうようになる。そのために幹細胞プールが維持されなくなり、毛を再生できなくなってしまうとされる。

しかし、これはあくまで遺伝的にも環境的にも同一条件下で見られる毛包の老化に相当し、ヒトにおいてはさまざまな生活習慣や遺伝要因が影響し、脱毛の進行に個人差が生じることとなる。そうした個人差を生み出す要素の1つに肥満が挙げられる。この肥満の環境因子や遺伝因子が器官の機能低下を引き起こすメカニズムの解明は、脱毛症に限らずさまざまな加齢関連疾患の理解と制御へとつながると考えられるという。

そこで今回の研究では、生活習慣が毛の周期的再生に及ぼす影響や老化との関連を調べるために、老若両方のマウスに高脂肪食が与えられ、その違いが検証された。

その結果、加齢マウスにおいては、1か月間だけ高脂肪食を摂取するだけでも毛が再生しにくくなることが判明。一方の若齢マウスにおいては、数か月以上の高脂肪食に加え、毛周期(ヘアサイクル)を繰り返すことによって毛が薄くなることが明らかになった。

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    高脂肪食を与えられたマウスの薄毛・脱毛の様子。(左の小さい画像2点)月齢22か月の加齢マウスの比較。左が普通食で、右が1か月間高脂肪食を摂取したマウス。毛周期が進んだエリア(矢印)において、毛の再生不全が認められる。(右の大きい画像)生後8か月の若齢マウス2匹。左が普通食のマウスで、右が6か月間高脂肪食を与えられたマウス。若齢マウスは1か月の高脂肪食摂取では変化は出ないが、期間が長くなり、毛周期を繰り返すうちに脱毛・薄毛が進むことが確認された。普通食のマウスがふさふさかつさらさらの体毛なのに対し、6か月間高脂肪食マウスは地肌が見えるなど、同じ月齢とは思えないほど加齢した感じとなっている (出所:共同プレスリリースPDF)

次にその違いが発生する仕組みを確かめるため、マイクロアレイやRNA-seq法などを用いた網羅的遺伝子発現解析や、毛包幹細胞の遺伝学的細胞系譜解析(運命追跡)が行われた。

すると、4日間という短期の高脂肪食でも、毛包幹細胞において酸化ストレスや表皮分化に関わる遺伝子の発現が誘導されることが判明した。ただし、若齢マウスにおいては毛包幹細胞のプールが維持され、毛の再生への影響は認められなかったとした。

一方、3か月以上にわたり高脂肪食を摂取したマウスにおいては、毛包幹細胞内に脂肪滴が蓄積し、成長期に毛包幹細胞が分裂する際に表皮または脂腺へと分化することで幹細胞の枯渇が進むことが明らかとなった。

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    毛包幹細胞に対して、遺伝学的細胞系譜解析(特定の細胞に蛍光タンパク質などの永続的な標識を行い、その細胞とその細胞から生み出される子孫細胞をすべて追跡する手法)が実施された。マウスの毛包幹細胞の核を標識すると、バルジ領域内(両矢印)に局在する毛包幹細胞が可視化される。通常、毛包が成長期に入ると幹細胞が自己複製しながら下方に向かって子孫細胞を供給し、毛の再生を担う領域を形成する(画像左)。一方、高脂肪食を6か月与えられたマウスでは、幹細胞が表皮または脂腺へと分化してしまい、枯渇するため毛包は萎縮する。矢印は幹細胞の子孫細胞(緑色)の移動方向が示されている (出所:共同プレスリリースPDF)

その結果、毛包の萎縮(ミニチュア化)を引き起こして、毛の再生を担う細胞が供給されなくなるために、脱毛症が進行し、毛が細くなったり毛が生えなくなるといった脱毛症の諸症状が現れることが確かめられたとする。

本来、毛包が成長期に入って幹細胞が分裂する際、細胞外シグナル因子「ソニックヘッジホッグ」の下流にあるシグナル伝達経路である「ソニックヘッジホッグ経路」(Shh経路)が強く活性化される。Shh経路は、形態形成や細胞増殖を制御する重要な経路だ。しかし、3か月以上にわたって高脂肪食を摂取すると、十分な活性化が起こらなくなることがわかった。

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    肥満が脱毛症を促進する仕組み (出所:共同プレスリリースPDF)

Shhシグナル伝達経路は、本来その活性化によって毛包幹細胞を増やし、毛を再生し続けるが、遺伝要因により肥満したマウスにおいても同様にShh経路の活性化が十分に起こっていなかったという。実際、若齢マウスにおいて成長期毛包の毛包幹細胞においてShh経路を抑制すると、同様に幹細胞の異常分化や枯渇、毛包の萎縮による薄毛・脱毛が起きることが確認された。

さらに、どのような仕組みでShh経路の活性化が起こらなくなるのかが調べられた。すると、IL-1βやNF-KBに代表される「炎症性サイトカインシグナル」が幹細胞内に発生し、再生シグナルであるShh経路を抑制していることが明らかとなったという。

最後に、毛包幹細胞におけるShh経路の再活性化によって、肥満による薄毛や脱毛が改善するかを調べるため、遺伝学的手法ならびに薬理学的手法を用いて検証が行われた。その結果、高脂肪食の開始初期からShh経路を活性化し幹細胞を維持した場合にのみ、脱毛症の進行を抑制できることが確認されたとした。

老化メカニズムの解明とその制御は、超高齢化社会となった日本においては喫緊の課題となっている。また、日本だけでなく世界的、中でも先進国で深刻な問題となっている肥満は、糖尿病や虚血性心疾患、認知症、がんなど、多くの加齢関連疾患の危険因子であり、『万病の元』となることが知られている。しかし、老化と肥満の関わりは十分に理解されていないのが現状だ。

今回の研究では、遺伝的に均一なマウスを用いて毛を生やす機能を担う小器官である毛包において、肥満の環境要因や遺伝学的要因が幹細胞内でのシグナルへと収束して再生シグナルを抑制し、これが幹細胞の枯渇と器官の機能低下に対して決定的に働くことが明らかにされた。

加齢や毛周期ごとの周期的再生による幹細胞老化(ステムセルエイジング)とは異なる経路を介しながらも、いずれも幹細胞の枯渇を引き起こし、相乗的に脱毛症を進行させることが解明されたのである。またそのプロセスが潜在性に進行することから、予防の重要性は明らかだとしている。

今後、幹細胞を中心としたメカニズムのさらなる解明によって、脱毛症をはじめとする、さまざまな加齢関連疾患の予防や治療に対する新たな戦略へとつながることが期待されるとしている。