理化学研究所(理研)は7月16日、「ゲル浸透クロマトグラフィー法」を用いて、硫化鉛の「コロイド半導体量子ドット」の配位子密度を制御し、単純立方格子状に3次元自己集合した超結晶の作製に成功したと発表した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター 創発超分子材料研究チームのジャンジュン・リュウ特別研究員、同・榎本航之基礎科学特別研究員、同・夫勇進チームリーダーらの研究チームによるもの。詳細は、英王立化学会の学術誌「Chemical Science」にオンライン掲載された。

半導体を構成する原子数を多くても数千、少なければ数百程度に絞り込み、結晶のサイズを数nmサイズまで小さくすると、バルク結晶では見られない、量子閉じ込め効果や量子サイズ効果など、ナノサイズ特有の光物理現象が発現するようになる。

このような特性を持つことから半導体ナノ結晶は、LED、太陽電池、トランジスタ、センサー、バイオイメージング、単一光子発生源、光触媒など、多岐にわたる応用が期待されている。

結晶サイズ(粒径)が「励起子」の半径程度にまで小さくなると、粒径に依存して吸収・発光の波長が半導体組成元素から決まるバンドギャップよりも小さくなり、スペクトルの半値幅は狭くなる。このような性質を持つ半導体ナノ結晶は、「量子ドット」というまた別の名を与えられている。

量子ドットは溶液中での分散状態または単一粒子でも利用されるが、それ以外のほとんどの場合は、量子ドットが集合した固体中における半導体の光・電子物性が重要になる。

近年、ABX3型のペロブスカイト構造を持つ化合物である「金属ハライドペロブスカイト」量子ドットが集合した超結晶において、発光励起子が協奏的に相互作用した超蛍光が報告されている。このような事実から、量子ドットの集合状態における特異的な物性に注目が集まっているという。

多くの半導体量子ドットは球状に近い構造を持っており、固体中では、立方体の8つの頂点および4つの面の中心点が作る「面心立方格子」、または立方体の8つの頂点および立方体の中心点が作る「体心立方格子」で高い充填構造を取ることが知られているが、立方体の8つの頂点が作る「単純立方格子」は充填率が低く、集合による粒子あたりのエネルギー利得が少ないことから、その超結晶を作製することが困難だったという。

しかし単純立方格子では、ほかの充填様式とは異なる光・電子物性が期待されており、集合状態と物性との関連を解明するために、単純立方格子状に3次元自己集合した超結晶の実現が求められていたという。

溶液中で合成された半導体量子ドットは、「コロイド量子ドット」と呼ばれる。同量子ドットには、有機溶媒への溶解性を保つため、量子ドットのナノ結晶表面に長鎖アルキル基が配位されている。そこで研究チームは今回、長鎖アルキル基配位子を量子ドット表面から選択的に一部除去することで、量子ドットの3次元集合状態様式を制御することを試みることにしたという。

具体的には、オレイン酸を長鎖アルキル基配位子として用いることにし、平均粒径が7.3nmの硫化鉛コロイド量子ドットを合成し、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法を用いた、量子ドットの配位子密度の制御が試みられた。量子ドット溶液をGPCのカラムに流し込み、溶離液を一定時間・一定体積で分画(溶出してくる順に量子ドットをGPC-1~GPC-5、GPC未処理の量子ドットをbefore-GPCと命名)。それぞれの量子ドットについて吸収スペクトルの測定が行われたところ、before-GPC、GPC-1~GPC-5のすべてにおいて、1710nmに吸収ピークが確認されたという。この結果から、GPC法によって分画された量子ドットは、溶出順によらずすべて同じバンドギャップを持つことが判明。6種類の量子ドットはすべて同じ大きさであることも確認されたという。

また、加熱に伴う試料の質量変化を経時観察する熱重量分析では、異なる挙動が現れ、330℃からの熱重量の減衰は、GPC-1からGPC-5につれて大きくなり、before-GPCで最も大きくなったという。

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    GPC法による量子ドット配位子密度の制御。(a)GPCシステムの写真。溶離液にトルエン、移動相に架橋ポリスチレンビーズが用いられた。(b)吸収スペクトルのグラフ。6種類の量子ドットはすべて1710nmで吸収ピークを示すことが確認された。(c)熱重量分析の結果。330℃からの熱重量減衰は、GPC-1からGPC-5につれて大きくなり、before-GPCが最も大きいことが判明 (出所:理研Webサイト)

このことは、コロイド量子ドットをGPC処理すると、粒径にはよらず溶出順に量子ドット配位子が多く、配位子が選択的に一部除去されることで、配位子密度を制御できることを示すものだとする。

さらに、GPC処理されたそれぞれの量子ドットにおいてトルエン希薄溶液を乾燥させた後、TEMでの観察を実施。結果、2次元的に、before-GPCでは六方配列、配位子が最も少ないGPC-1ではランダム、配位子が多くなるにつれてGPC-2では正方配列、GPC-3では六方配列を示すことが確認されたほか、それぞれの量子ドットは接触・融合せずに、一定の距離を空けて独立して存在していることも確かめられたという。

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    GPC処理前後におけるPbS量子ドットのTEM写真と配列様式の変化。2次元的にbefore-GPCでは六方配列、配位子が最も少ないGPC-1ではランダム、配位子が多くなるにつれてGPC-2では正方配列、GPC-3では六方配列を示すことが明らかとなった。スケールバーは100nm (出所:理研Webサイト)

加えて、配位子が少ないGPC-2と配位子が多いGPC-5を用いて、溶媒を徐々に蒸発させる溶液法により、量子ドットが3次元自己集合した超結晶を作製。その結果、GPC-5では三角形状または六角形状の超結晶が形成され、超結晶表面の走査型電子顕微鏡(SEM)観察および多積層膜のTEM観察から面心立方格子構造であることが判明した一方、GPC2では四角形状の超結晶が形成され、結晶成長が等方的で、SEM観察およびTEM観察から、単純立方格子での充填構造であることが確認されたという。

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    PbS量子ドットの超結晶(右上)と表面構造。配位子が少ないGPC-2では四角形状の超結晶と正方配列した結晶表面、配位子が多いGPC-5では三角形状または六角形状の超結晶と六方配列した結晶表面を示すことが確認された。スケールバーは100nm (出所:理研Webサイト)

今回の成果であるGPC法によるコロイド量子ドットの配位子密度の制御は、硫化カドミウム(CdS)やセレン化カドミウム(CdSe)などといった半導体量子ドットへの適用が期待できるとしているほか、半導体量子ドットの集合状態様式の任意精密制御により、次世代半導体デバイスや光触媒機能の性能を向上させることにつながることが期待されると研究チームでは説明している。