京都大学(京大)、国立環境研究所(NIES)、東北大学、筑波大学の4者は3月27日、20年以上その正体が分からなかった、既知の分類に属さない生物由来と考えられてきたDNA配列の「持ち主」の仲間を海水中から培養することに成功し、その種が光合成生物であり、また世界中に広く分布していることを突き止め、DNAの発見者にちなんで「ラピ藻(Rappephyceae)」と命名したことを発表した。

同成果は、京大大学院 農学研究科の神川龍馬准教授、京大大学院 人間・環境学研究科の宮下英明教授、NIES 生物多様性資源保全研究推進室の河地正伸室長、東北大大学院 生命科学研究科の中山卓郎助教、筑波大 生命環境系の野村真未特任助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国の国際学術誌「Current Biology」オンライン速報版に掲載された。

光合成は、「二酸化炭素(CO2)を吸って酸素を吐き出す」仕組みで、具体的には太陽光などの光のエネルギーを利用して酸素を発生させると同時に、大気中のCO2を取り込んで糖への変換を行う仕組みである。陸上において主に植物が行っているが、海洋においては多様な生物が行っていることが知られている。

そのため、地球全体の光合成と、CO2の光合成による大気中からの除去を包括的に理解するには、海洋でどのような生物が光合成を行っているのかを知ることが重要とされている。また、海洋光合成生物の中には、人間にとって有用な物質の生産を行うものもいることが知られている。

しかし、ほとんどの海洋光合成生物は顕微鏡で観察する必要がある微生物であり、それを生物として同定することは容易ではない。そのため未発見もしくは同定できていない生物が大量にいると考えられている。

そこで活用されるようになってきた調査手法が「環境DNA解析」だという。海水中に無数に漂っているDNAを直接抽出して調べることで、どのような種類の生物がどのくらい存在するのかを見積もるというもので、太平洋、大西洋、インド洋などの海水環境中のDNA解析も行われており、全地球的な海洋の微生物カタログを作る挑戦も続けられているという。

そうした中、20年以上前に、既知の生物のいずれにも分類されない謎のDNA断片が発見された。10年前にカナダの大学を中心とした研究チームがそのDNA断片についての研究を実施したところ、そのDNAの「持ち主」は大西洋を中心に分布している可能性があることが判明したが、既知のいずれの生物にも分類されない可能性があることが改めて報告されたものの、その生物を培養することは叶わず、結果的に20年以上もその正体が謎のままの状態となっていた。

共同研究チームは、国内外の研究者と協力し、定期的に行われる海洋調査などの際に現れた光合成生物に対する地道な観察および単離を行ってきたほか、それらを長期間安定的に培養・維持できることを確認してきた。また、それらの持つ葉緑体ゲノムDNAおよびミトコンドリアゲノムDNAの解読を行い、「系統ゲノミクス解析」を実施することで、大別して以下の2点が明らかとなったという。

  1. 今回新たに発見された光合成を行う微生物の新種が、謎のDNAの「持ち主」に極めて近縁であること
  2. 今回の新種は「ハプト藻類」と呼ばれる光合成生物の新規グループであること

つまり、今回の研究で行われたDNA解析により、20年来未知であったDNAの「持ち主」が、ハプト藻類という海洋光合成に大きく寄与する生物群の新規グループに属することが報告されることとなったとする。

  • ハプト藻類

    (左)ハプト藻類の多様性と進化史。灰色のラインは、ハプト藻類の祖先から現在に至る多様化の順序を示した系統樹。現在のハプト藻類の(左)には、代表的な細胞の形態が描写されている。赤のハイライトで示されているものが、謎のDNA断片の持ち主であるラピ藻。(右)環境DNA解析から見た海洋におけるラピ藻の分布。色つきの円は、ラピ藻が検出されたポイント。円が大きいほど、そのポイントに存在した真核微生物全体に対してラピ藻が占める割合が多いことが示されている (出所:京大プレスリリースPDF)

さらに過去に行われた環境DNA解析データの再解析も実施。その結果、今回の新種は太平洋、大西洋、インド洋に広く分布しており、その平均存在量がブルーム形成種(一時的に水面が色づくほど大量増殖する光合成生物種)に匹敵する可能性があることも判明したという。

加えて今回の新種がどのような生物であるのかを解明するため、DNA解析のほか、細胞内色素の網羅的な解析や詳細な細胞形態観察も実施された。その結果、今回の新種から抗酸化物質の色素「カロテノイド」が複数検出され、そのうちのいくつかはハプト藻類でこれまで知られていないものだったとのことで、新奇の有用物質を合成している可能性が示されたとする。

このほか、今回の新種が持つ形態的特徴は、ハプト藻類で知られているいずれのグループにも該当しないことが確認された一方で、ハプト藻類の仲間であることを裏付ける特徴的な形態も同時に有していることも判明したとのことで、これらの特徴的なカロテノイド組成や細胞形態から、「今回の新種はハプト藻類の新規グループである」という系統ゲノミクスの結果を裏付けるものであると結論づけられたという。

これらの結果、今回の研究で発見された新規光合成生物は、謎のDNAの発見者にちなんで「ラピ藻(Rappephyceae)」と命名された。世界中の海に広く分布し、またその存在量もかなり多いと予想されており、これは、これまで見過ごされてきた主要な海洋光合成生物の1種が発見されたことになるという。

今回の新種が属するハプト藻類は海洋に広く分布する光合成生物であり、海洋全体の光合成に大きく寄与している生物であり、今回の発見は、海洋生態系を支えるハプト藻類が太古の地球からどのように多様化してきたのか、その進化史を紐解く鍵となると研究チームでは説明している。

また、今回の新種が持つカロテノイドと呼ばれる抗酸化作用のある物質の中には、新奇のものと思われるカロテノイドが含まれており、健康につながる製品の開発など、将来的な応用が期待されるともしている。