京都大学(京大)と近畿大学(近大)は10月5日、原子の量子的な波の伝達を観測し、数値計算と比較する「量子シミュレーション」を実施し、非局所相関の伝搬の観測とエネルギー保存則の検証に成功したと発表した。

同成果は、京大大学院理学研究科の高橋義朗 教授、同・高須洋介 准教授、近大理工学部理学科物理学コースの段下一平 准教授、同・後藤慎平 研究員、独・ハンブルグ大学の長尾一馬研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載された。

原子や固体中の電子の集団など、量子力学に従うミクロな構成要素が多数集まって互いに力を及ぼしあっている物理系のこと「量子多体系」という。量子多体系は、構成要素数が増えると扱わなければならないデータ量が爆発的に増えるという性質がある。

例えば、30個の容器に30個の原子を入れるとすると、取り得る状態の数はおよそ6京通り。10京バイト=100ペタバイト程度のデータ量となり、世界1位となったスーパーコンピュータ「富岳」ですら扱えない。このように、たった30個の容器に30個の原子をどう入れるかというだけで莫大なデータ量となるため、量子多体系の正確なコンピュータシミュレーションは現実的には不可能とされているのである。

そこで科学者たちは量子多体系を解析するため、さまざまな近似的計算手法を開発してきた。しかし、そうした近似法が正しいかどうかの検証は、主に原子が小数の場合は厳密計算でまだ比較できるが、対象とする物理系のサイズが大きいときはもはや検証は不可能。実は、信頼できる計算結果はまだないというのが実情だった。さらにいえば、与えられた初期状態からある時間が経過したあとの状態を求めるというダイナミクスの計算は、より難易度が上がるため、信頼できる手法は確立されていない。

しかし、もし十分に制御性の高い量子多体系が存在すれば、その実験結果と近似法による結果を比較することで、より精度の高い検証が可能となる。汎用性はなくても、うまく設計された量子多体系があれば、その結果を用いることで数値計算の検証を十分行うことができ、それは「量子シミュレーション」と呼ばれている。

量子シミュレーションの考えが発表された40年前には、十分に制御性の高い量子体系などは存在しなかった。しかし現在では、冷却原子気体、トラップされたイオン集団、超伝導回路など、十分に制御性の高い量子体系を利用できるようになり、それらを用いた研究も活発化している。

そうした中で研究チームは今回、光格子中に局在したボース粒子(ボース原子)に対し、光格子を急激に下げて原子を自由に飛び回れるように設定。そこからの系の応答の実験的な研究が行われた。なおボース粒子とは量子力学的粒子の1種で、ボソン(ボゾン)とも呼ばれる。実験の初期状態では、1サイトに1つの原子があるが、原子は自由に飛び回れるようになると、1つのサイトに2つの原子がある状態と、原子がない状態が出てくるようになる。この2つある状態と1つもない状態は、それぞれ相関を持って広がっていく。今回の研究では、この非局所相関の広がりを、研究チームが独自に開発した手法を用いて、この原子の運動の量子的な波の伝達の位相成分に相当するものの観測が行われた。

非局所原子相関については、1次元系、2次元系で測定。時間とともに相関の値は大きくなるが、振動しながら一定値に落ち着くことがわかった。そして極大値を得る時間について研究チームが注目したところ、一定の速度で広がる、弾道的な相関の広がりが観測されたのである。

  • 量子シミュレーション

    (左)急に光格子深さを下げたあとの時間発展の模式図。(右)2次元系での非局所相関の時間発展 (出所:近畿大学/NEWSCAST)

実験結果は、1次元系では理論計算と一致を示し、一方で2次元系では定性的な一致にとどまったという。こうして、光格子中原子を用いた、非平衡ダイナミクスにおける量子シミュレーションとしての有用性を示すことに成功したのである。

また、運動・相互作用エネルギーの再分配についても、独自手法が開発された上で研究が行われた。エネルギーの再分配での測定は、1次元系と3次元系で実施。いずれも、エネルギー保存則が成り立っていることが実験的に確認され、量子多体系における世界で初めてのエネルギー保存則の確認となったという。

  • 量子シミュレーション

    3次元系でのエネルギー保存則 (出所:近畿大学/NEWSCAST)

今回の3次元の実験系は、1万の格子点に1万個もの原子が含まれるような量子多体系であり、厳密な計算には10の6018乗個という、膨大な数の状態を扱う必要があるため、コンピュータで厳密な計算はまったく不可能である。

そこでシミュレーションに用いられたのが、「切断ウィグナー近似法」という近似的な数値計算手法であり、実験結果との比較が行われた。その結果、この近似法がエネルギーの再分配ダイナミクスを非常に高い精度で再現することが確認されたのである。このような量子多体系のダイナミクスを正確に記述できる近似法を見出したことは、大きな成果だという。

なお、今回の研究手法はボース粒子系だけでなく、フェルミ粒子にも利用できる手法だ。また、2次元系では今回の研究結果を用いて、新たな近似手法の検討も始まっているとしている。

2020年10月8日訂正:記事初出時、共同研究の研究主体が近畿大学のような表現となっておりましたが、正しくは京都大学が研究主体となりますので、当該箇所を修正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。