強いストレスに適応するための脳の活動が、ストレスの直後ではなく約1時間後に最も強く現れることを、高知工科大学などの研究グループが明らかにした。「脳のストレス反応は30分以内にピークを迎える」という従来の説を覆す内容だという。研究をさらに進めていくことで、メンタルヘルスケアや教育の現場などでの効果的なストレス対策につながると期待されている。

同じようなストレスを経験しても、すぐに適応し、回復して健康的な生活を送れる人がいる一方で、適応に苦労し、回復に時間のかかる人もいる。静岡理工科大学情報学部の渡邊言也(のりや)准教授(感情に関わる脳科学)と、高知工科大学脳コミュニケーション研究センター長の竹田真己教授(脳科学・AI)らの研究グループは、そうした個人差がどのような脳メカニズムに由来するのかを調べようと考えた。長期にわたるストレスはPTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ病を引き起こす恐れのあることが知られており、ストレスに適応する際の脳内メカニズムが分かれば治療に役立つ可能性がある。

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    ストレスを受けて60分後の、ストレスへの適応力が高い人(赤のピクトグラム)と適応力が低い人(青のピクトグラム)の脳活動のイメージ(渡邊言也准教授提供)

今回、高知工科大・同大学院に在籍する学生102人について、ストレス適応力の強弱を調べるために25問の質問票に5段階で答えてもらった。回答が安定していた18~25歳の90人(男性68人、女性22人)を対象に実験をした。

実験は「コールドプレッサーテスト」と呼ばれる古典的な物理的ストレスの負荷方法をアレンジして実施した。氷水に手を浸けたような冷たさを感じる手袋を2分間装着してもらい、その前後の心拍数やストレスホルモン量などの生理的な変化のほか、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)や脳波によって脳の活動の様子を調べた。

ストレス直後・20分後・60分後・80分後の脳について、fMRIの画像では、ストレスに適応する力が強い人ほどストレス反応や緊張を司る「サリエンスネットワーク」の活動が60分後に明確に落ち着き、内省時や安静時に活性化する「デフォルトモードネットワーク」の活動が強まっていた。脳波を見ても、60分後に緊張状態などに関連する波が顕著に低下していた。ストレス適応力が弱い人では、逆の反応が起きていたという。ストレス直後、20分後では有意な差がなかった。

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    fMRIと脳波の変化の様子。ストレスを受けて60分後に、ストレス適応力の高い人と弱い人で脳活動に大きな差が生じた(渡邊言也准教授提供)

何らかのストレスを受けたとき、瞳孔が広がる、心臓がドキドキする、ストレスホルモンが分泌される、といった身体の反応は、ストレスを受けてから30分でピークを迎え、60分後には元通りになるとされてきた。しかし、今回の実験では、ストレス適応に関わる脳の活動は約60分後にピークを迎え、その後も活動を続けていることが明らかとなった。

ストレス適応に関わる脳研究は、これまでマウスをうつ状態にして脳活動を調べるものが多かった。渡邊准教授は、「マウスの実験だけでは、人間特有の『ストレスを乗り越えるチカラ』を直接検証できないという限界がある。今回、人間のストレス適応に関する脳の活動を検出することができた」という。今後は脳のメカニズムに関する研究を進め、具体的にどのように介入すればストレスに適応していけるのか、ということについても考えたいとしている。

この研究では90人にそれぞれ4時間の試験を行ったことで、合計2テラバイト(テラは10の12乗)の膨大なデータが得られた。竹田教授は「データの持つポテンシャルを最大化させていくような研究が進められたらいい。AIでデータの解析をするだけではない研究ができそうだ。例えば生成AIが脳波のパターンを解析する研究はすでにあるので、ストレスを受ける前後の脳波を比較することで、ストレスの負荷量を調節するアドバイスができるようなシステム開発などに取り組みたい」と説明している。

研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、武田科学振興財団、内藤科学技術振興財団、パブリックヘルス振興財団の助成を受けて実施された。成果は3月26日に米国科学アカデミー紀要電子版に掲載され、同日に高知工科大学が発表した。

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