NASA/JPLが人工呼吸器を37日間で開発

米国航空宇宙局(NASA)・ジェット推進研究所(JPL)は2020年4月30日(米国時間)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療に使える人工呼吸器を開発したと発表した。

同研究所がもつ宇宙機開発の技術やノウハウを活用したもので、開発期間はわずか37日。米国食品医薬品局(FDA)から緊急時における使用の承認も取得した。ライセンスは無償で提供するとし、製造業者を募集している。

  • VITAL

    NASA/JPLが開発した、新型コロナウイルス(COVID-19)の患者を治療するための人工呼吸器「VITAL」 (C) NASA/JPL-Caltech

VITAL(Ventilator Intervention Technology Accessible Locally)とは?

世界各地へ感染が拡大し、猛威を振るっているCOVID-19は、人によっては容体がいきなり急変し、重症を招くこともあり、世界保健機関(WHO)は「約6人に1人は重症化し、呼吸困難になる」としている。そのため、世界中で人工呼吸器が不足しており、その確保は喫緊の課題となっている。

こうした事態を受け、NASA/JPLは「VITAL(Ventilator Intervention Technology Accessible Locally)」と呼ばれる、迅速に製造することが可能な新しい人工呼吸器を開発した。

JPLのMichael Watkins所長は「私たちの専門は宇宙機であり、医療機器の製造ではありません。しかし、優れた工学技術、厳格な試験手法、そしてラピッド・プロトタイピングは、私たちの専門分野のひとつです。それらが医療に役立つのではと気づいたとき、その専門知識やノウハウ、意欲を共有することが私たちの義務だと思いました」と語る。

NASAが開発したとはいっても、基本的な仕組みは従来型の人工呼吸器と変わらず、患者を鎮静させたり、呼吸させるために気道にチューブを挿入したりする必要がある。また、従来の人工呼吸器はCOVID-19以外の病気にも対応でき、さらに何年間も使用できるが、VITALはあくまでCOVID-19の治療のみを念頭に置いており、使用できる期間も3~4か月間と短く、これまでの人工呼吸器に取って代わるようなものではない。

NASAで医療関係の研究に携わるJ.D. Polk博士は「COVID-19の症状が悪化すれば、患者は集中治療室において非常に機能的な人工呼吸器による治療を必要とします。VITALはそれに取って代わるものではなく、この病気がそうした治療が必要な段階にまで進行し、高度な人工呼吸器が必要になる可能性を減らすことを目的としています。これにより、高度な人工呼吸器の数が足らなくなる事態を防ぎたいと考えています」と語る。

その一方で、VITALは従来の人工呼吸器よりも早く製造でき、より簡単にメンテナンスできるように設計されている。また、部品数も少なく、さらにその大半は既製品が用いられている。システム一式も柔軟性があり、コンベンション・センターからホテルなど、さまざまな野外病院に対応できるという。

  • VITAL

    VITALを開発したJPLのエンジニアの一部。開発には数十人が携わった (C) NASA/JPL-Caltech

米国食品医薬品局(FDA)からの承認を取得

こうして開発されたVITALは、米国食品医薬品局(FDA)が定めたルールに基づいて試験を実施。また、実際の医療施設からの意見を得るために、ニューヨークにあるマウントサイナイ医科大学において追加の試験を実施し、4月21日にはその試験をクリアした。

同校医学部のMatthew Levin博士は「NASAが開発した試作品は、さまざまな患者の状態をシミュレートした試験において、期待どおりの性能を発揮しました。この試験の結果には非常に満足しています。このVITALが、米国はもちろん世界中のCOVID-19に苦しんでいる患者たちに、安全に使うことができると確信しています」と語る。

そして5月1日(現地時間4月30日)、FDAはVITALに対して、緊急時使用許可(emergency use authorization)を承認。この承認プロセスは、通常は数年かかるものを、緊急事態に限って数日で行うもので、これにより実際に医療現場で使用することが可能になる。

FDA長官のStephen Hahn氏は「この前例のないパンデミックの間、ウイルスと戦い、患者を治療するためには、NASAのエンジニアが示したように、革新的なアプローチと行動、そして全員が総力を挙げてこの問題に取り組むことが必要です。今回の承認にかかる例は、人類が協力してCOVID-19と戦うことでどんなことができるのかを示しています」とコメントしている。

JPLを管轄するカリフォルニア工科大学の、技術移転・産業パートナーシップ室では、VITALのライセンスを無償で提供するとしており、製造を行う業者を広く募集しているという。

同大学のFred Farina氏は「設計が完成したので、次は医療界、そして最終的には患者の方々に、できる限り早くバトンを渡したいと考えています」と語る。

COVID-19の流行にともなう人工呼吸器の開発や生産をめぐっては、トヨタやソニーなども、業種の枠を越えて支援に乗り出している。

  • VITAL

    (左)VITALの試作品をテストした後、親指を立てるニューヨークのマウントサイナイ医科大学の医師たち。(右)人工呼吸器の試作品に取り組むJPLの技術者たち (C) NASA/JPL-Caltech

参考文献

NASA-Developed Ventilator Authorized by FDA for Emergency Use | NASA
News | NASA Develops COVID-19 Prototype Ventilator in 37 Days
NASA Response to the Coronavirus | NASA
新型コロナウイルス感染症について
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)一般向け特設ページ | WHO Kobe