産業技術総合研究所(以下、産総研)は、同所 スピントロニクス研究センター 金属スピントロニクスチーム 常木澄人 研究員、薬師寺啓 研究チーム長、同研究センター 久保田均 総括研究主幹、福島章雄 副研究センター長らが、フランス パリ・サクレー大学、アメリカ国立標準研究所(NIST)と共同で、スピントルク発振素子(STO)を用いた人工ニューロンを考案し、その原理を実証したことを発表した。同成果の詳細は、7月27日(現地時間)、英国の学術誌「Nature」オンライン版で公開された。

スピントルク発振素子を用いた人工ニューロンの回路図(左)と音声認識の成功率(右)(出所:産総研Webサイト)

ヒトの脳でのニューロンとシナプスによる情報処理を模倣したニューロモロフィック・コンピューティングは、脳が得意とする認識や学習といった膨大で曖昧・不完全な情報の処理を低消費電力で高速に実行できると期待されている。ニューロモロフィックシステムの高度化には、高効率で超小型の人工ニューロンや人工シナプスが不可欠であり、産総研は低消費電力・高効率な発振素子となりうるスピントルク発振素子の実用化研究に取り組んできた。

同研究では、ナノメートルサイズのスピントルク発振素子を人工ニューロンとして用いて、ニューロモロフィック回路音声認識システムを開発した。ナノメートルサイズの人工ニューロンを用いた音声認識は、同研究所によれば世界初。このシステムは人間が発声した"0"~"9"の言葉を99.6 %の正答率で認識可能で、これはより大型で複雑な光学系リザーバーコンピューターと同等の正答率となっている。

スピントルク発振素子は、直流電流を流すとスピンの共鳴歳差運動が励起され(強磁性共鳴)、交流電圧が発生する自励発振素子だ。この発振素子の出力電圧は直流電流の大きさに依存するため、直流電流値を変化させることで、出力の交流電圧値を変化させることができる。このとき、交流電圧の振幅は入力の変化に瞬間的に追従するのではなく、緩和時間と呼ばれる時間遅れを伴って徐々に変化する。

また、交流電圧の振幅は、電流値に比例しない、非線形な振る舞いをする。この緩和時間と非線形性という特徴を、ニューロモロフィックシステムで必要とされるshort term memory (短時間記憶)や信号の非線形性として活用できると考え、スピントルク発振素子を用いた高効率・超小型の人工ニューロンを考案した。

スピントルク発振素子の模式図(a)と直流電流に対する交流電圧の時間変化(b) (出所:産総研Webサイト)

今後の展望として、同研究所はこの人工ニューロンによって、ニューロモロフィック・コンピューティングや人工知能などの研究開発が促進されることを期待されるとしている。