大阪大学(阪大)は、電子線クライオトモグラフィ法により、高速で遊泳する細菌が持つ7連のべん毛モーターの仕組みを解明したと発表した。

同成果は同大大学院生命機能研究科のJuanfan Ruan研究員、加藤貴之助教、難波啓一教授と、フランスCNRSのLong-Fei Wuらによるもの。詳細は、米国科学誌「Proc. Natl Acad. Sci. USA」オンライン版に掲載された。

大腸菌などの細菌は、べん毛と呼ばれるらせん状の運動器官を数本持ち、それを根元にあるべん毛モーターで回転させることで水中を自由に泳ぐことができる。べん毛モーターは直径45nm程度の極小のモーターながら、大腸菌やサルモネラ菌の場合、約2万rpmで回転し、瞬時に逆回転することもできるといった高い性能を有している。

2010年に地中海で発見された磁性細菌「MO-1」は、体長2μm×1.5μmのそらまめのような形をした細菌で、体内にあるmagetosomeと呼ばれる、地磁気を感じる器官を使って泳ぐ方向を決めることができるという特長を有している。両極には7本のべん毛繊維が束となって鞘に包まれた運動器官を1本ずつ持っており、それを使って大腸菌やサルモネラ菌の10倍に達する300μm/秒の速度で泳ぐことが可能だ。

地中海で発見された磁性細菌「MO-1」。(A)はMO-1のクライオ電子顕微鏡写真。(B)はそのトレース(M:マグネットソーム、P:リン酸を貯蔵した液胞、矢印:べん毛の束)

今回の研究では、低温電子顕微鏡を用いた電子線クライオトモグラフィ法により、MO-1のべん毛とべん毛モーターの構造を解析し、高速遊泳のメカニズムの解明を行った。鞘に包まれたべん毛繊維の束を詳細に観察したところ、7本のべん毛繊維と24本の微小繊維が束になっており、その束がほどけないように、編みタイツのような表面構造を持つ「鞘」に包まれていることが判明した。

電子線クライオトモグラフィによる細菌のべん毛モーターの立体構造。(A~E)が構造解析された磁性細菌のべん毛モーターの奥から手前のスライス像。(F)がべん毛繊維(虹色)、鞘(ピンク)、細胞外膜(青緑色)のトレース

また、モーター部分の構造を解析したところ、7個のべん毛モーターと24個の微小繊維の基部体が2次元に連結されていることが確認されたほか、各々のべん毛モーターを6個の微小繊維の基部体が囲むように規則配列していることが判明した。この2次元配列は、脊椎動物の骨格筋の太いミオシン繊維と細いアクチン繊維の配列とまったく同じであり、細菌のように単純な微生物がこのように複雑な、しかも複数の回転モーターの規則配列からなる運動器官を持つことがわかったのは今回が初めてだという。

鞘に包まれ密になったべん毛繊維と微小繊維の相互逆回転による、べん毛繊維の高速同期回転メカニズム。(A)は電子顕微鏡で観察されたべん毛繊維と微小繊維の基部体部分。(B)は(A)で観察されたべん毛基部体を黄色、微小繊維の基部体を緑色でトレースしたもの。(C)はべん毛繊維と微小繊維の回転の模式図。べん毛繊維(黄色)が反時計方向に回転すると、微小繊維(緑色)が時計方向に回転し、べん毛繊維の回転における摩擦を軽減する

7本のべん毛繊維が鞘に包まれている自体はすでに知られていたが、密に詰まった束の中で互いに接触し合うべん毛繊維がどのよう摩擦を回避して高速回転するのかはこれまで謎のままであった。今回明らかにされた構造では、各々のべん毛繊維を6本の微小繊維が取り囲んでいることから、べん毛繊維が回転する際に、それを囲む微小繊維が逆方向に回転することで、べん毛繊維間の摩擦をなくし、7本のべん毛繊維が同期して高速に回転できるのではないかと研究グループではコメント。また、べん毛モーターは、エネルギー変換効率がほぼ100%の高性能な分子モーターであり、今後、そのメカニズムの解明を進めることで、よりエネルギー変換効率の高いモーターを作り出すことが期待されるとしている。

水平連結六方7連べん毛モーターの模式図。金色がべん毛モーター、銀色が微小繊維基部体