国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、国際稲研究所とミラノ国立大学と共同で、リン酸欠乏に耐性を持つ「在来インド型イネ」から、低リン酸土壌でも効率的にリン酸吸収量を増大させるリン酸欠乏耐性遺伝子「PSTOL1」を同定し、その機能を明らかにしたと発表した。

成果は、JIRCAS 生産環境・畜産領域のマティアス・ビスバ氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、8月23日付けで英科学誌「Nature」オンライン版に掲載された。

リン酸はすべての作物における必須要素であり、肥料の三大要素の1つだが、リン資源は世界の限られた地域にしか分布していない。作物が使用できるリン酸含量の低い土壌が広く分布するアフリカ、アジアなどの途上国では、食料増産の制限因子としてリン酸欠乏が問題になる場合がある。近年はリン酸を含む肥料価格が高騰しているため、施肥による解決だけではなく、土壌中のリン酸を効率的に吸収させ作物収量を高めることが重要だ。

特に、世界人口の半分以上が主食としているイネでは、低リン酸土壌でもリン酸を吸収する在来インド型イネが見出されており、これを使った問題解決が待望されていた(画像1)。

画像1 アジアにおける問題土壌の分布。リン酸欠乏の土壌は、アジア・アフリカに広く分布している。リン酸欠乏耐性遺伝子(PSTOL1)は、このような土壌に適応した在来インド型品種から見つけられた

低リン酸土壌でも生育できる在来インド型イネに、リン酸吸収を増大させる遺伝子座(染色体領域)「Pup1」が2002年に発見され、この発見には、低リン酸土壌に悩む途上国から大きな期待が寄せられている。しかし、効率的に遺伝子を活用するためには、その遺伝子座の中のどの遺伝子がリン酸の吸収を増大させるのか、詳細な検討が必要だった。

研究グループは、2005年から、4つまでに絞り込まれた候補遺伝子を検証するため、それぞれの遺伝子を導入したイネの特性検定を共同で実施した。その結果、Pup1遺伝子座にあり、リン酸の吸収を増大させる遺伝子としてPSTOL1を特定したというわけだ。

この遺伝子を、アジアの代表的品種である「IR64(インド型)」と「日本晴(日本型)」に導入し、リン酸吸収に関わる特性である、根長と根重、リン酸吸収量、収穫粒重の調査が行われた。その結果、これらが、両品種において有意に上昇することが判明したのである(画像2)。

また、この遺伝子の働く部位を観察した結果、「冠根」の発生する部位であることが判明した。さらに、この遺伝子の作用機構が調べられた結果、この遺伝子は根の形成に関与する酵素の合成を制御しており、最終的に冠根の発生を促すことが推測されている。

画像2 インド型品種IR64におけるPSTOL1の効果。IR64にPSTOL1を交配育種により導入した系統では、低リン酸条件下でも根の生育が促進され(左写真)、リン酸の吸収が促進された

今回解明されたPSTOL1は、「DNAマーカー育種」により、既存品種に導入することが可能だ。JIRCASとIRRI、さらにはアフリカの稲作振興を目指す国際研究機関であるアフリカ稲センター(AfricaRice)では、アジア・アフリカなどの低リン酸土壌で耐性を発揮できるイネ品種の育成に着手している。

新たな品種開発によってリン酸欠乏の問題土壌条件下でも収量を大幅に向上できる可能性が示され、これらの地域における貧困対策にとって大きな意義を持つことが期待されると、研究グループはコメントしている。