国立遺伝学研究所(遺伝研)は3月22日、ほ乳類の「大脳新皮質」の上層と下層に存在する神経細胞のサブタイプが、ニワトリの脳にも存在することを明らかにしたと発表した。
これはほ乳類と鳥類の共通祖先の段階、すなわち大脳新皮質の「層構造」が誕生するより以前から、存在していたことを示唆しているものだ。ほ乳類にのみに存在する大脳新皮質は、従来の定説として、進化的にほ乳類になってから誕生して進化してきた「完全に新しい脳の領域」とされてきたが、必ずしもそうではないことが発見されたのである。
成果は、遺伝研の鈴木郁夫研究員と平田たつみ准教授らの研究グループによるもの。詳細な研究内容は、米科学誌「Developmental Cell」の4月16日号に掲載の予定だ。
人間の認知機能の多くは大脳新皮質にある神経回路によって支えられている。大脳新皮質は、大脳の背側表面を覆う領域で、多くの認知機能に関わる。ヒトが思考できるのも、この部位のお陰だ。
大脳新皮質は、6層構造をしている点が大きな特徴である。進化上、比較的最近になってから出現したグループであるほ乳類以外の動物には存在せず、特に霊長類において急速に拡大しているために、脳の中では最も新しい領域であると考えられてきた。しかし、実際のところは、その進化的起原についてはよくわかっていなかったのである。
大脳新皮質の特徴は、前述したように顕著な「層構造」だ。性質の似た細胞が水平一列に並んで層を作っている形だ。大脳新皮質の層構造は現在生存しているすべてのほ乳類に共通して見られるため、層構造を持つことには大きな機能的意義があると考えられる。しかし、ほ乳類以外の動物には一切層構造は見られない。
現在生きている動物の内、ほ乳類に最も近縁なグループはは虫類と鳥類だ。3億年前にほ乳類は、は虫類・鳥類との共通祖先から分岐し、その後には虫類から鳥類が分岐したと考えられている。鳥類は恐竜を含むは虫類グループの生き残りだ。
しかし、これらの大脳新皮質に相当する脳の領域である「外套(がいとう)」には、層構造がないのが確認されている。例えば鳥類の場合、外套に関しては性質の似た細胞どうしが集合して塊を作り、神経細胞塊がモザイク状に集まった構造を取っている形だ。
こうした内部構造の違いを超えて、鳥類外套にほ乳類大脳新皮質と共通する神経細胞があるのかどうかは長年議論になっていたのである。
そこで今回の研究では、遺伝子発現と神経接続パターンを基準に大脳新皮質神経細胞サブタイプを定義し、ニワトリ外套にもこれらに該当するサブタイプが存在するかどうかが検討された。その結果、ほ乳類大脳新皮質の下層と上層サブタイプに相当する細胞が、ニワトリの外套にも存在していることが発見されたのである(画像1)。
ほ乳類大脳新皮質では層を構成するが(画像1・左)、ニワトリ外套では下層タイプの神経細胞が内側の領域に、上層タイプの神経細胞が外側の領域に分布している点が特徴だ(画像1・右)。ほ乳類大脳新皮質と鳥類外套の間で相同な神経細胞サブタイプが保存されているという結果は、両者の共通祖先においてすでにこのサブタイプが存在していて、ほ乳類と鳥類の双方に受け継がれたことを示唆しているということだ。
さらに、ニワトリ外套における神経細胞サブタイプの発生パターンを解析したところ、ほ乳類大脳新皮質との共通点と相違点が明らかになった(画像2)。共通していたのは、神経幹細胞が各種神経細胞を生み出すメカニズムだ。
ニワトリ胚の外套領域の神経幹細胞を取り出して培養すると、まず下層細胞、次いで上層細胞という決まった順序で、異なるサブタイプを生み出したのである。これは、まさしくほ乳類大脳新皮質の幹細胞と同じやり方だ。
つまり、ニワトリ神経細胞もほ乳類型の発生プログラムを内在しているということで、ニワトリの脳の中にはそのほ乳類型プログラムを抑え、ニワトリ型の脳を形作る仕組みが存在するということである。
つまり、ほ乳類大脳新皮質とニワトリ外套は、単に神経細胞のサブタイプを共有しているだけではなく、その産生メカニズムまでも共有しているということである。
画像2。ほ乳類大脳新皮質の神経幹細胞はどの部位のものでも、まず下層神経細胞を、次いで上層細胞を生み出す。ニワトリ外套では、内側の幹細胞は下層細胞を、外側の幹細胞はもっぱら上層細胞を生み出す。この違いがニワトリ脳における細胞タイプの分布の偏りを作り出す。しかし、たとえニワトリの幹細胞であっても、脳から取り出して培養すると、ほ乳類型の神経分化を行い始める |
また、ほ乳類大脳新皮質と鳥類外套の間には顕著な相違点もあった。ほ乳類大脳新皮質では、どの領域でも一様に神経新生が進むために、最終的に厚みのそろった層構造が形成される。
一方、ニワトリ外套では、内側では神経新生が早期に終了し、外側ではより後期の神経新生が活発に起こる仕組みだ。そのため、神経新生後期に産生される上層細胞は外側だけに大量に存在し、内側には早期に産生される下層細胞だけが存在することになる(画像1・右)。
このように神経新生の時空間的パターンの違いが、脳内での最終的な細胞配置を決めていることが判明したというわけだ。
これらの実験結果から、ほ乳類大脳新皮質の進化的起原について次のような新しい仮説が、研究グループによって提唱された。「大脳新皮質の神経細胞レパートリーとその発生プログラムは、ほ乳類と鳥類の共通祖先の段階ですでに存在していて、現生のほ乳類と鳥類に引き継がれている。両者は祖先から受け継いだ神経細胞を、それぞれに異なる空間配置に並べることで、固有の脳構造を生み出した」というモデルである。
つまりこのモデルでは、ほ乳類が進化過程において本当に新しく生み出したのは、大脳新皮質の個々の細胞タイプではなく、それらの脳内での層状な配置パターンであるというわけだ。
今回、研究グループが示した結果は、ほ乳類とは3億年以上前に袂を分かった鳥類においても、大脳新皮質の神経細胞サブタイプが保存されているという、これまでの常識からは考えられないものであることが判明した。
さらに、神経幹細胞が多様な神経細胞を決まった順番で生み出す発生プログラムは、ほ乳類が層構造を作るためにあみ出したものだと一般的に信じられているが、実は層構造を獲得する前から動物がすでに持っていたことになる。
つまり、新しいと思われてきた大脳新皮質だが、その部品や作られ方は決して新しいわけではなかったというわけだ。基本的にはすでに存在していた細胞や発生機構を利用しながら、わずかに外から調節を加えることで、ほ乳類型の「層構造」を達成した可能性が示されたのである。
研究グループは、脳内での神経細胞の最終的な配置を決定する仕組みについて、それぞれの動物において分子レベルでさらに詳細に調べることで、脳構造の進化についてのより深い理解が得られるのではないかと、述べている。