富士ソフトと科学技術振興機構(JST)は、耳の軟骨から作製した鼻への移植用再生軟骨を、三次元構造のまま細胞生存性と無菌状態を長期間維持できる技術を開発したと発表した。再生医療の実用化には、遠隔地の病院へ搬送するなど、製造後しばらくの期間、再生軟骨をそのままの状態で保存することが必要であると考えられており、今回はそれを実現するための技術となる。富士ソフトでは今後、製品化のための治験準備を開始し、3年後の治験終了および薬事申請を目指していくとした。

今回の技術は、2007年にJSTに採択され、東京大学(東大)からの技術移転を受けて富士ソフトが「インプラント型再生軟骨」の実用化開発を実施するものだ。インプラント型再生軟骨は、患者自身の細胞を使って人工的に作る軟骨で、病気やケガなどで顔面(鼻など)や関節にある軟骨が損傷、欠損した患者の治療に使用する。

これまでの再生医療では、培養した細胞を液状、あるいはゲル状にして関節軟骨などの欠損部に注入する方法が主に実施されてきた。しかし、鼻の高度な変形の治療に使えるような、立体的な形状と硬度を併せ持った再生医療製品はこれまでになかったのである。

それが、2011年6月に東京大学大学院医学系研究科軟骨・骨再生医療寄付講座(富士ソフト)の研究成果により、世界で初めて鼻の治療に使える条件を満たしたインプラント型再生軟骨が開発され、1例目の臨床研究が開始された(画像1)。9月8日はその1例目の術後経過が順調であることが発表され、臨床研究の2例目、3例目が行われる予定だ。

画像1。再生軟骨

臨床研究では、東京大学医学部附属病院内の細胞プロセッシングセンター内で再生軟骨を作製後、速やかに患者への移植を実施。しかし、製品化を進めるに当たっては、遠隔地の病院への搬送も想定されることから、製品安全性の観点より製造後しばらくの期間、再生軟骨の細胞生存性および無菌性を維持することが必要であると考えられた。

現在の技術では、平面培養において細胞生存性の維持は比較的容易ではあるものの、立体組織の場合には組織内部の細胞生存性維持は非常に困難とされている。それが、再生医療の実用化における大きな問題点というわけだ。

そこで富士ソフトでは、立体組織のまま細胞生存性と無菌状態を維持することに取り組み、軟骨の栄養交換効率を上げることにより容器を密閉した状態で長期間安定させることが可能な技術を開発したのである。再生軟骨作製手順は、画像2のようになっている。

画像2。再生軟骨作製手順。各用語を説明すると、「軟骨細胞単離」は軟骨組織から軟骨細胞のみを取り出すこと。「細胞播種」は細胞を増殖させるため、単離した軟骨細胞を培養用容器に入れること。「継代」は細胞を植え継ぐこと。「細胞回収」は増殖した軟骨細胞を培養容器から取り出すこと。「細胞投与」は培養した細胞をアテロコラーゲンと混合し、混合液を足場素材へ投与すること。「ゲル化」は固める作業のこと(立体構造となる)である

今回の方法で作成した再生軟骨については、東大でマウスを使った動物実験を実施。東京大学臨床研究の製造方法で作製した再生軟骨とほぼ同等の性能を有しており、移植後の軟骨形成も良好であるとの評価を受けた形だ(画像3)。

画像3。移植後TB(トルイジンブルー)染色像。TB染色とは、軟骨組織を赤紫色に染める染色方法のことだ

またIT企業本来の技術を活用することで、同社は事故細胞による製造プロセスをシステム化(東京大学における臨床研究に使用)することで、コンタミネーション(有害物の混入)の防止、さらにはプロセスの標準化、製品の均一性に優れた結果が得られるとしている。製造記録のすべてをデータ化し、製造工程をシステム化することにより、製品品質の標準化を可能とし、安心して利用できる再生軟骨の製造に向け、開発を続けていくとした(画像4)。

画像4。システム用クリーンベンチ(左)、ピペット(中)、RFIDタグ付シャーレ(右)。RFIDタグ付シャーレをシステム用クリーンベンチ内蔵型RFIDタグリーダで読み取ることにより、患者情報のトレースを行う。また、製造プロセスを管理するシステムによりピペットの動作を管理することで、コンタミネーションを防止し、均一な製品を製造することができる

事業化については2015年度を予定しており、富士ソフト錦糸町オフィスに開設した細胞プロセッシングセンターで製造を実施する計画だ。販売開始より5年間で40億円の売り上げを見込んでいるとしている。