次世代を育て、未来の音楽を紡ぐ
「世界から浜松へ、浜松から世界へ」をテーマに世界の一流奏者たちが指導に当たる「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」。管楽器の修理技術者育成のための職業訓練校「管楽器テクニカルアカデミー」。生徒と真剣に向き合い、世界への扉を開きながら、未来の音楽文化を担う次世代を育む。ヤマハが運営する二つの教育プログラムに共通して流れる「Key」をどうぞ。


ヤマハが運営する管楽器の修理技術者育成のための職業訓練校「管楽器テクニカルアカデミー(旧リペアスクール)」。繊細で複雑な管楽器には、確かな知識・技術・音楽への深い見識を持つ専門技術者が必要不可欠なため、ヤマハは1978年に同校を開設し、毎年、少人数制・短期集中でハイレベルなリペア技術者を育成してきた。音楽文化を支えるリペア技術を継承するため、アカデミーが次世代に伝え続けていることはなんだろう? 覚悟を胸に、プロフェッショナルへの道を歩き始めた生徒たちに寄り添う、厳しくも温かい学びの現場をのぞいてみよう。


技術だけでなく、ひとりの職業人として

2024年で47年目を迎える管楽器テクニカルアカデミーは、管楽器の普及に伴ってアフターケアを求める購入者が増えたことから設置された職業訓練校だ。最初はヤマハ社員の技術者を養成していたが、徐々に直営店や特約店のスタッフ、一般の応募者も受け入れるようになった。これまでの卒業生は約800人。毎年約20人が入学し、1年かけて9種類の管楽器の修理技術(基礎)を学ぶ。

テクニカルアカデミーの専任講師を務める信木隆輝は、回り道をしながら楽器修理の道に戻ってきた人物である。小学6年生の時に参加した金管バンドクラブで、「じゃんけんで負けてチューバを吹き始めた」。高校時代にリペアに興味を持ち、一度は大阪の楽器修理の専門学校に通ったものの、挫折して演奏家に転向。その後、プロのチューバ奏者を経てヤマハ吹奏楽団に入団。2003年にはヤマハに入社し、生産から技術営業そしてアトリエ業務まで、管楽器にまつわる幅広い業務を担当した。管楽器テクニカルアカデミーの講師に任命されたのは今から7年前。高校時代に興味を持ったリペア技術の世界に回りまわってたどり着いた格好だ。

  • 管楽器テクニカルアカデミー 専任講師 信木隆輝

一度は諦めた道に戻ってきた理由について、信木は「修理職人のかっこよさが、歳を重ねてじわじわとわかり始めたんだと思います」と語る。現在は修理技術を指導するほか、広報から入試関連業務、卒業生のフォローアップまで幅広い仕事に携わっている。

信木の考えるテクニカルアカデミーの利点は、高いリペア技術を身に付けられるだけでなく、ひとりの職業人としても成長できることだ。卒業生は社会に出た後、店頭スタッフとして働くこともあれば、学校を回って営業することもある。一年間のカリキュラムは、そうした仕事に必要な知識やスキル、ビジネスマナーまで網羅している。「われわれ指導する側は修理スキル以外のところにもエネルギーをかけています。もちろん、生徒の側にも相当のエネルギーを求めますよ」(信木)。


世代を超えた関係を築く

講師として信木が感じている一番の課題は、生徒と確かな関係性を築くことだ。20歳以上年の離れた世代とは、価値観も、言葉の使い方も違う。もちろん、世代間の違いに「良い/悪い」はない。そうした違いを互いに認め、尊重したうえで、時には厳しいことも言える関係を築けるかどうかが、学びの質を左右する。

しっかりした信頼関係を築ければ、単なるスキルや知識ではなく、修理技術者としての姿勢──信木の言葉を借りれば「心の使いよう」──まで伝えることができる。いかに楽器への愛を、楽器を大切にする心を持ち続けることができるか。言葉では言い表すことのできない、こうした心の使いようを、生徒たちは講師と過ごす中で身に付けていくのである。


プロの「責任」を伝えること

もうひとつ、アカデミーが重視しているのが「プロフェッショナルとしての責任」を伝えることだ。高い水準のスキルを保ち、そのスキルを提供して対価を得る。それをなりわいとするのがプロフェッショナルだと信木は言う。そして、プロであるためには、なによりもまず音楽における技術者の責任の大きさを知ることが大事だという。

「音楽での音っていうのは音楽用語で『楽音(がくおん)』といって、意思がこもった音という意味があります。音楽はその楽音の連なりであったり、組み合わせだったりするわけですが、良い音楽を奏でるためには、楽器から放たれる楽音自体のクオリティーが高くなくちゃいけない。そして、その高いクオリティーを生み出すには技術者の存在が不可欠なんですね」。だから技術者は、音楽という文化が健全に発展するための一翼を担う存在なのだ。「技術者の道に足を踏み入れた以上、生徒を生半可な状態で社会に送り出すのは罪だと思うので、腹が立とうが、生徒に嫌われようが、プロとしての責任を伝えることに関しては決して妥協しません」(信木)。

技術はもちろん、職人としての誇りや覚悟、そして、経験。「プロフェッショナル」という言葉が含むものはひとつではなく、だからこそ、伝えるのが難しい。しかし、試行錯誤で指導を続けるうちに、信木は自らのリアルな経験談を話すことが生徒たちが学びを「自分事」にする最良の方法であることに気づいた。そして、それこそが「プロがプロを育てる」意義なのである。


いつも時代と並走しながら

質の高い教育を提供し続けるためには、講師も自らを磨き続けなくてはいけない。信木は奏者と技術者の距離が近いヤマハの強みを生かし、ヤマハ吹奏楽団のメンバーの楽器を一部任せてもらうことで修理技術者としての自分を磨き続けている。

もうひとつ、信木が心を砕いているのは、「変わりゆく時代のニーズや価値観をちゃんと見据え、時代と並走しながら教育システムをつくっていく」ことである。世代が変わり、社会のニーズも価値観もめまぐるしく変わっていく。そんな時代の空気を映し忘れた教育システムに、恐らく明るい未来はないだろう。時代と並走した変革のアイデアはいくつかあるが、信木は現在提供している基礎コースに加え上級者向けのコースを増設したいと考えている。すでにリペア技術者として活躍している人たちの「一生をかけた学び」のニーズに応えたいからだ。

生徒と向き合う時も、楽器の修理をする時も、手を抜かずに丁寧に生きていきたい。信木がそう考えるようになったのは、数年前に大病を患ったからだ。いまは完治しているが、当時は命が有限であることを「自分事」として学んだ。人生は有限。人の残り時間には限りがある。だからこそ、何事も中途半端にはしたくない。

今日も手を抜かず、生徒に向き合う信木が大切にしていること。それは、できるだけ自分のエネルギーを周りに放出することだ。「生徒とぶつかるのもそうですし、楽器を吹くのもそう。自分のエネルギーは惜しまず、周りに放ち続けたい。『省エネで生きる』ことは、どうも性に合わないんですよ」(信木)。


楽器リペアのプロを育てる「管楽器テクニカルアカデミー」と、一流アーティストが未来の音楽家を育む「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」。どちらも、人と音楽文化を未来につなぎ、育んでいく取り組みだ。次回はいよいよ、この二つのプロジェクトに共通する「Key」に迫ります。

(取材:2024年12月)


信木隆輝|TAKATERU NOBUKI
管楽器テクニカルアカデミー 専任講師。小学生の頃からチューバを吹き始め、ヤマハ吹奏楽団に入ったことがきっかけで2003年ヤマハに入社。管楽器の生産や技術営業、アトリエ業務などを広く経験し、2018年より現職。

※所属は取材当時のもの


次世代を育て、未来の音楽を紡ぐ
#1 音楽家を育む「本気の学び」のつくり方

次世代を育て、未来の音楽を紡ぐ
#3 これからの音楽文化を担う、未来のプロの育て方


The Key
共奏しあえる世界へ

人の想いが誰かに伝わり
誰かからまた誰かへとひろがっていく。
人と人、人と社会、そして技術と感性が
まるで音や音楽のように
共に奏でられる世界に向かって。
一人ひとりの大切なキーに、いま、
耳をすませてみませんか。

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