世界61カ国でサービスを提供、1億4000万人以上のユーザーを持ち、今、注目の音楽ストリーミングサービス「Spotify」。同サービスで11月22日から楽曲配信をスタートし、来年1月にはメジャーデビューを控えている注目のアーティスト・BRIAN SHINSEKAIと、彼が所属するレーベル「AndRec」のレーベル長・今井一成氏、そしてスポティファイ ジャパンのディレクター・野本晶氏を交え「ストリーミング時代のヒット曲の作り方」について話を聞いた。

左から今井氏、BRIAN SHINSEKAI氏、野本氏

――まずはアーティストであるBRIANさんの立場から、Spotifyのような音楽ストリーミングサービスに対する考えを聞かせてもらえますか?

BRIAN:ここ数年で、パッケージからダウンロードへ、そしてサブスクリプション(※曲やソフトを購入するのではなく、利用期間に応じた料金を支払うシステム)にマーケットが徐々に移行していっているように思うのですが、定額制で楽曲やプレイリストが聴き放題というサービスが浸透すると、音楽を聴くためにわざわざ一曲単位で購入してもらう必要もなくなり、より一層リスナーへ音楽を届けやすくなっていくと思います。

――なるほど。

BRIAN:届けやすい分、初めて僕の音楽を聴いてくださる方も多いと思うので、ある種コピーライターのようにイントロから自分のアーティスト性が分かりやすく伝わる曲を作っても良いですよね。いくらでも工夫の余地はあると思うし、具体的なアイディアもたくさん浮かびやすい。その一方で、1人のアーティストを起点に過去のアルバムや関連アーティストなどを掘り下げることも容易に出来るから、周囲も含めたアーティストの全体像を見せて、コンセプチュアルな面を打ち出すことも出来る。また、それらとは全然違う観点で、プレイリストなどを意識してトレンドと融合する面白さもある。聴き手の楽しみ方も広がりますが、作り手の表現方法の幅も非常に広がる気がします。

――今井さんはアーティストを発掘して世の中に音楽を送り出すレーベルの立場としてどう捉えていますか。

今井:2年前にデジタルマーケットに対応したレーベルとして「AndRec」を立ち上げましたが、自分がレコード会社で制作・宣伝・営業などひと通りの仕事をしてきた中で感じたのは、日本の音楽マーケットはまだやっぱりCDなどのパッケージが中心だということ。でも、最新のアメリカの上半期のマーケットデータを見ると、もはや全体の62%がストリーミングサービスなんですよ。それに対して日本はおそらく10%前後なんです。

――大きな違いがありますね。

今井:それが良いとか悪いとかではなく、10代・20代という音楽に多感な世代に対してCDというメディアを勧めることが果たして正解なのか? というのが正直な気持ちでもあります。もちろん、CDを含めたパッケージを否定はしません。そこを否定するとレコード会社として辻褄が合わなくなりますから(笑)。ただ、パッケージで長い間音楽を届けてきた歴史がある中、10年後を見据えて新しい売り方になかなか踏み切れないジレンマが音楽業界にあることも事実。そんな中で出会ったBRIANとは同じ目標に向かって進んでいけそうだし、これから先いろいろな面白い試みができると思っています。

――アーティスト側の理解・興味も重要になってくるということでしょうか。

今井:もちろんアーティストにもさまざまなタイプがいますから一概には言えませんが、極端な例を挙げると、新曲が出た際、サブスクリプションへの展開は発売日から30日後にして欲しい、いわゆる「ウィンドウ30」を要望する制作チームが少なくありません。。なるべく初週でCDを十分に売り上げるには理解できますが、果たして自分たちが向き合う音楽ファンのためになっているのか、という疑問は常にあるんです。そこで私たちとしては、BRIANのように配信に違和感のないアーティストと一緒にやっていくことが基本になっていきます。

――お二人の言葉を受けて、野本さんはどうお考えになりますか?

野本:Spotifyには無料会員と有料会員がいますが、有料会員は月におよそ200組のアーティストの曲を聴いています。これは日本でも海外でも同程度で、単純に音楽との出会いの幅がとても広がったというのが、ストリーミングサービスの良い点だと思っています。もちろんCDを買うこともありですが、月に200枚買える人は限られると思うんですよ。日本でもようやくストリーミングが浸透しつつあるという手ごたえを感じています。

――そこから先の展開についてはいかがでしょう。

野本:BRIANさんと音楽リスナーをどう結びつけられるかが私たちにとっての勝負であり、BRIANさんの音楽を本当に聴きたいと思っているユーザーを見つけることが出来るようなお手伝いをしていきたいと思っています。同時にそういった「オススメする力」や「提案する力」が他のサービスとの競争になっていきますね。

――その中で何がポイントになっていくのですか?

野本:日本のマーケットはポップチャートがメインで、「みんなが聴いているもの」を聴きたい人が多い。とはいえ、一人ひとりの音楽の好みは少しずつ違いますよね。最終的にはその人に合った精度の高いオススメが出来るかどうか、というパーソナライズ(最適化)が鍵を握ります。

データの積み重ねには時間が必要。アナログで地道な裏側

――パーソナライズが鍵を握る、ということですが、Spotifyでは具体的にどのように進められているのでしょうか。

野本:まずは私たちスタッフがアーティストの音楽を聴かせていただくところからスタートします。

今井:本人も交えて、こちらの会議室で視聴会をやりましたよね。

BRIAN:そうですね。完成前の曲も聴いてもらいました。

「細かいデータを瞬時にとることができるのがサブスクリプションの強み」

野本:そして、BRIANさんの曲はSpotifyユーザーのどんな人たちに届ければ気に入ってもらえるか、どういったプレイリストに入れて紹介すればいいのか、アーティスト単位ではなく、曲ごとに細かく分けて考えていきます。最初は経験を積んだスタッフの“勘”である程度決めますが、曲がいつどこで聴かれているのか、というユーザーのリアクションが瞬時に分かるのがデジタルの強みなので、昼なのか夜なのか、東京なのか札幌なのか、こういう聴き方をされているんだ、というデータを元に分析しながらプレイリストを随時修正していきます。

今井:それはけっこう大きいですね。レコードやCDだとそこまでビビッドにデータは取れない。今でもアンケートはがきやウェブアンケートを実施する作品もありますが、それに比べるとアナログな感じがしてしまいますね。

野本:アンケートを書いてくれる人は基本的にそのアーティストが好きな場合がほとんどなので、幅広い意見を集めることはなかなか難しいと思うんです。

――そういった詳細なデータと共に、アーティストやレーベルと連携しながら曲をより届けやすい形を模索していくと。

野本:そうですね。例えば「こういうリミックスがあれば、こういうプレイリストにも入りますが、いかがですか」といった提案もできます。

――野本さんの話を聞いて、BRIANさんはどう感じますか。

BRIAN:自分自身、80%くらいは音楽ストリーミングサービスを利用して音楽を聴いているのですが、やはり「プレイリスト」の影響力は本当にすごいと実感してます。普段利用している分、どのような時間帯で、どのようなユーザーに、どんな音楽が聴かれるのか、という感覚はユーザーとして自然に肌で感じていますし、アーティストとしてそこを狙って楽曲を提供することもできるんじゃないかと思っています。

今井:音楽にはさまざまな楽しみ方があることは間違いありませんが、24時間肌身離さず、寝る時まで枕元にスマートフォンを置いている今の時代の音楽と私たちの関係を考えると、BRIANのように自分のライフスタイルから逆算して音楽を作っていくアーティストと、Spotifyさんのような新しいサービスを組み合わせたら今までにない音楽の産み落とし方もできるのではないか。その意味ではこれから半年後、一年後の彼がどんな音楽を作り出してくれるのか、すごく楽しみです。

野本:私たちとしても確かにデータはすぐに出ますが、成果としては1が突然100になるものでは決してないので、積み重ねていくのにそれなりに時間はかかります。でも、私たちが関わっていきたいアーティストの基準は、長い期間一緒にやっていきたいと思えるかどうか。そして本当に良い曲だったら、ユーザーにその曲をずっと推していくためにあらゆる方法を駆使していきたい。そう考えると演歌の世界に近いかもしれないですね。

――そこはある意味アナログと言えますね。

野本:すごいアナログです。非常に地道な取り組みです。

――意地悪な質問で恐縮ですが、BRIANさんの中では自分の作品がデータで測られることについてどう思いますか?

BRIAN:それにより届けるべき人たちに届くようにしてもらえることはとても嬉しいです。次の曲を制作する際に、ターゲット層をどこに置くか、曲の方向をどうするか、などの参考にもしてます。

――データで全て見えてしまって言い訳が出来ない分、アーティストにとってはプレッシャーもありますよね。

BRIAN:結局は曲を作る自分の責任になってくるし、何かのせいには出来ないけど、やりがいは強まると思いますね。むしろ、既存の音楽のジャンルに捉われず、1人のアーティスト「BRIAN SHINSEKAI」として勝負出来るのはとても作りがいがあると感じています。

アルバムはアーティストが作った最強のプレイリスト

――では今、野本さんの頭にある、具体的なBRIANさんのセールスプランがあれば教えて下さい。

野本:BRIANさんはどちらかというとアルバムアーティストだと思うのですが、デジタルの良い点の一つは、アーティストが今思ったことを曲にしてすぐ発表できる“スピード”。Spotifyとしてはぜひそういった提案もさせていただき、一緒に取り組むことができればと思っています。

今井:従来のCDセールスだと、曲の準備から社内会議、店舗の注文確認など、どうしても準備期間として3カ月くらい必要になってしまいますからね。その点、デジタルだとやろうと思えばギリギリまで曲の入れ替えも可能になりますし。アーティストからすると大変だと思いますが。

BRIAN:僕の場合、頭の中で分析しながらも直感的に曲を作る方なので、もちろんBRIAN SHINSEKAIとして核になるものはありますが、ものすごい速さでトレンドが変化する中、最新トレンドを吸収し曲としてすぐにアウトプットできるのはとても魅力を感じます。なぜならリリースまで時間が少しでも空いてしまうと、曲と時代の空気感が合わない、ということが起きてしまいかねない。逆にそのスパンが短ければ短いほど、目の前のリスナーに自分の音楽をよりベストなタイミングで届けられるし、自分の中の鮮度が保たれたまま曲を出すことが可能になります。

――「アルバム」という言葉が出てきましたが、もしかするとその概念も変わる可能性も?

野本:僕は「アルバムはアーティストが作った最強のプレイリスト」だと思うんです。

BRIAN:まさにそうですね。自分にとっての「アルバム」は、最初からコンセプチュアルなものを目指したものと言うより、その時の自分の“モード”を表した曲を集めたプレイリスト、と言った方がいいかもしれません。

今井:確かにその考えだと、別にアルバムが10曲、12曲でなくて100曲でもいい(笑)。そういうアーティストがもっと出てきても面白いですよね。

――今井さんは今後についてどうお考えですか?

今井:「曲」ではなく「音楽」というものが軽量化したことによって、その価値が変化していることは確かです。昔はレコードを大事にジャケットから取り出し、静電気防止スプレーをかけて拭いてから聴いたものが、CDになりトレーに置くだけで手軽に聴けるようになり、そしてスマホの普及によって気がついたら手元にある状態になった。そのことを否定的に捉える人もいますが、これからはその便利さを逆手にとって、ユーザーにこちらの提案をどんどんぶつけて選択してもらうことが可能になりつつある。その意味でSpotifyさんのような音楽ストリーミングサービスは非常に画期的だと思います。

――新しい音楽の楽しみ方はすでに生まれ始めていると。

今井:それからSpotifyさんに期待したいのは海外への展開ですよね。日本で活動をしているとどうしても日本が中心になってしまいますが、Spotifyを通じることで世界中の人に聴いてもらえる状態になることが実は大きいんです。だからBRIANにもあまり日本を意識しないで活動することを考えて欲しいし、実際にそういう話もしています。

野本:減少傾向にあった音楽市場がSpotifyをはじめとするストリーミングサービスの登場によって特に海外での聴取が伸び、回復に転じたドイツの例もありましたので、私たちもサービスを開始して日本の音楽が20%くらいは海外で聴かれたらいいなと思っていました。日本においては10月時点で洋楽と邦楽で聴かれた数の割合はちょうど半々。Spotifyは他のサービスと比べるとその傾向が強いと思われます。

今井:ほんの2年くらい前まで、音楽マーケットを語る上で日本とドイツはすごく似ていると言われてましたが、ここ1年でドイツは大きく変わりましたよね。だからこそ日本は変わる可能性、変えられる可能性が高いと思っています。

野本:実はドイツは音楽ダウンロードもあまり伸びなかったですし、動画共有サービスにおいても音楽はあまり見られていないんですよ。ですから、市場特性の似ている日本でも同じような展開が期待できるのではないかと私たちも考えています。

――とはいえ、時にはビジネスとして音楽に向き合わなければいけないこともありますよね。

今井:そこはもちろんシビアですが、だからこそ僕は今の時代、マーケティングはすごく大事だと思うんです。それこそ遥か昔にはアーティストを囲みながら酒を飲んで「なんか売れたね」で済んだ時代もありましたが、今はゲームを筆頭に、音楽のほかにも興味を持つアイテムが私たちの周りにはたくさんある。そんな中で音楽をキチンとユーザーに近づけていくには、マーケティングは必要不可欠な要素のひとつ。これから先、BRIANやSpotifyさんと組んで出していく曲は、単なる消費に終わらせることなく、かつて自分が音楽に対して抱いたのと同じくらいの高揚感や期待感、面白さをこれまでとは違う新しい形で見せて残していきたいですね。

BRIAN SHINSEKAIが考える、最強の"アルバム"はこれだ


BRIAN SHINSEKAI本人コメント
アルバム制作は、過去の色々な音楽の影響や、人生の原体験がインスピレーションになり完成していくものです。普段、聴き手側はアルバムを聴きながら色々なバックグラウンドやバックボーンを想像し楽しむと思いますが、今回は、来年発売する『Entrée』を制作するにあたって、僕の脳内でどのようなサウンドイメージがあったか、ヒントになるような楽曲を間に挟んで、より想像しやすく楽しめる実験的なプレイリストを作りました。制作者のインスピレーションを体験できる、新しいプレイリストになっていると思います。

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