宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏が、人類を火星に移住させる構想と、そのための巨大なロケットと宇宙船を発表したのは、2016年9月のことだった。以来、毎年この時期には、マスク氏自身が構想の最新情報を発表するのが恒例となっている。

そして2019年9月28日、マスク氏は、宇宙船「スターシップ」と、それを打ち上げる巨大ロケット「スーパー・ヘヴィ」の最新の設計案を披露した。それは銀ピカのボディに羽ばたく2枚の翼をもった、まるで昔のSFに出てきそうな宇宙船だった。

本連載第1回では、マスク氏の考える火星移民構想について紹介した。また第2回では、その火星移民に使う巨大宇宙船の設計の移り変わりについて紹介した。今回は、現時点でのスターシップとスーパー・ヘヴィの設計案や、これまでの設計からの変更理由などについてみていきたい。

  • スターシップ

    火星に着陸したスターシップの想像図 (C) SpaceX

スターシップとスーパー・ヘヴィ

マスク氏が2018年9月に、BFRの最新の設計案を発表し、「これが最後の大きな設計変更になるだろう」と語ったのも束の間、名前を「スターシップ」に変えたのを皮切りに、さらなる設計変更を進めた。マスク氏はツイッターを通じてその内容を少しずつ小出しにしていき、そして今回、その詳細が明らかになった。

今回発表されたスターシップは、直径9m、全長50m。スーパー・ヘヴィは、直径9m、全長68mで、両者を合わせると全長は118mにもなる。打ち上げ能力は地球低軌道に100tとされる。こうした数字は、2018年のBFRと大きく変わってはいない。

一方で大きく変わったのは、機体の素材だった。ITSやBFRでは最先端の炭素繊維複合材を使うことになっており、実機と同じサイズのカーボン製タンクを試作して試験するなど、開発は順調に進んでいるかのように思えた。ところが、マスク氏は2018年の年末に「カーボンからステンレス鋼に変更する」と発表。現代のロケットはアルミ合金やカーボンを使うものが多く、ステンレスを使用するロケットはあまり例がないことから、多くの人々に驚きを与えた。

マスク氏によると、使うのはSUS301と呼ばれるステンレス鋼材で、素材は外部から購入するものの、スペースXの社内で極低温加工するという。これによって成形される素材は「SX500」と呼ばれ、もともとはスターシップやスーパー・ヘヴィに装備するロケット・エンジン「ラプター」のために開発したものだという。

変更の理由についてマスク氏は、「このステンレスの、極低温における強度と重量の比は、最先端の複合材料や、アルミニウム・リチウム合金と同等か、わずかに優れている」と答えている。とくに機体には、極低温の液体酸素と液化メタンを搭載するため、この点は大きなメリットとなりうる。

また、ステンレスは融解温度も高く、アルミニウムよりも大幅に高い。くわえて、表面を磨いて鏡のようにすることで、光・熱を反射させ、大気圏への再突入時の熱負荷を和らげることができるという。

これにより、たとえば構造部にアルミを使っていたスペース・シャトルでは、それほど高温にならない上面側などにも耐熱システムを貼る必要があったが、スターシップではそれが不要になる。さらに、高温になる下面側に必要な耐熱システムも減らせることなどから、構造の簡略化や質量の低減、コストダウン、製造が再使用がしやすくなるなど、多くのメリットがあるという。

なお、下面側のとくに高温になる部分には、六角形のセラミック製の耐熱タイルを使用するほか、場所によっては燃料の液化メタンを機体表面に流し、保護層を作って熱から機体を守るという仕組みの耐熱システムも搭載するという。詳細は不明だが、ロケット・エンジンなどの冷却において、燃焼室やノズルの内側の壁面に燃料を噴射して保護層を作り、高温ガスから壁面を保護するという方法があり、それと同様の仕組みと考えられる。

  • スターシップ

    大気圏に再突入するスターシップの想像図。突入時の空力加熱から機体を守るため、機体表面を鏡のようにして反射率を上げており、水銀のように輝く見た目をしている。さらに、とくに熱の負荷が高くなる機体下部などは、メタンを流して冷却することから、通常の宇宙船とは異なり、青白く輝いている (C) SpaceX

羽ばたく2枚の翼

もうひとつの大きな変化は翼である。昨年のBFRでは、宇宙船の下部に3枚の後退翼があり、さらに着陸脚も兼ねていた。しかしスターシップでは、翼は2枚のクリップト・デルタ翼になり、着陸脚は翼とは別に、機体下部に6本備え付けられている。なお、機体の前部にカナード翼をもっている点は変わっていない。

また、主翼もカナード翼も、蝶番のような機構を介して本体と接続されているという点も変わっていない。一般的な飛行機の翼は、翼の端や全体が機体の進行方向に対して上下に動くが、スターシップの翼は羽ばたくように動く。

マスク氏によると、大気圏内を降下する際にこの翼を可動させることで、機体の姿勢を制御する。この降下方法をマスク氏は「スカイ・ダイバーのように」と形容する。スカイ・ダイビングでは、手足を動かして体の姿勢や降り方などを制御するが、スターシップも同じように、前部と後部にある翼を動かすことで、姿勢を制御しながら降りていき、そして最後は機体を立てて垂直に着陸する。

なお、月のように大気がほとんどないところに着陸する場合、翼は使わないものの、同じように垂直に降り立つことができる。

  • スペースX

    スターシップの想像図。ステンレス製の銀色の機体と、2枚の翼が印象的 (C) SpaceX

そのほか、スターシップに装着するラプター・エンジンの数が7基から6基に変わったり、スーパー・ヘヴィの下部に安定翼が追加されたりなど、細かな点は昨年のBFRからいくつか変わっている。

なお、一日のうちに再使用可能な回数は、スターシップは3~4回、スーパー・ヘヴィは20回程度になるという。つまり、短距離路線を飛ぶ旅客機とほど同じ頻度で繰り返し飛行できることになる。

もっとも、地球と宇宙の間を飛び続けることは過酷なため、トータルでの飛行回数、総飛行時間は旅客機よりずっと少なくなる。今回は語られなかったが、以前マスク氏は、目標とするトータルでの再使用回数について、「ブースターが1000 回、宇宙船が12回、タンカーは100回」と語っていた。

打ち上げコストや価格については、今回詳しい発表はなかったが、2017年時点では1回あたりの打ち上げコストを約700万ドルにできるとされ、「一人当たり家が一軒買えるくらいの値段(数千万円)」で火星に行けるようになるとしていた。

  • スペースX

    スーパー・ヘヴィの想像図。スターシップと同じくステンレス製の銀色の機体で、また小型の安定翼、そして37基のラプター・エンジンをもつ (C) SpaceX

一方、ロケット・エンジン「ラプター」の燃焼試験も進んでいる。ラプターは2016年に試験用エンジンで数秒間のみ燃焼させる燃焼試験が、2017年にはサブスケール・エンジン(実機を縮小したエンジン)の燃焼試験が行われ、そして今年2月に、実際に飛行に使うエンジンの燃焼試験にこぎつけている。このとき、推力は目標値の170tf(1667kN)を超え、172tf(1687kN)に達し、マスク氏は「スーパー・ヘヴィやスターシップを飛ばすのに十分な性能をもっていることが確認できた」としている。さらに、より冷やして密度を高めた推進剤を使えば、性能はさらに向上するという。

その後も順調に試験を繰り返しているとされ、今回の会見でも最新の燃焼試験の映像が披露された。

機体の素材や翼の数は変わったものの、機体の大きさや性能には大きな変化はなく、いよいよ設計が煮詰まりつつあるということを示している。ラプターの試験も順調で、前代未聞の巨大で複雑な火星移民のための宇宙船とロケットの開発は、いよいよ軌道に乗り始めた。

そしてなにより、それを如実に示しているのは、スペースXがすでに試験機を製造し、試験飛行を行う段階にまで到達したという事実である。

  • スペースX

    スターシップの試験機「スターシップ MK1」の実機 (C) SpaceX

(次回に続く)

出典

STARSHIP UPDATE | SpaceX
Starship | SpaceX
STARSHIP UPDATE | SpaceX
Making Life Multiplanetary SpaceX
Elon Musk(@elonmusk)さん / Twitter

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info