宇宙企業スペースXを率いるイーロン・マスク氏が、人類を火星に移住させる構想と、そのための巨大なロケットと宇宙船を発表したのは、2016年9月のことだった。以来、毎年この時期には、マスク氏自身が構想の最新情報を発表するのが恒例となっている。

今年もまた、マスク氏はさらに練り直した構想を明らかにしたが、しかしこれまでとは大きく異なる点があった。それは、講演するマスク氏の後ろに、宇宙船「スターシップ」の試験機の実機が立っていたことである。

構想発表からわずか3年で、宇宙船を試験飛行させる段階にまでやってきたスペースXの歩みと、今後の展望についてみていきたい。

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    火星移民構想や、開発中のスターシップの最新情報について語る、イーロン・マスク氏 (C) SpaceX

イーロン・マスク氏の火星移民構想とは?

イーロン・マスク氏が有人火星飛行、それも巨大なロケットを使って巨大な宇宙船を打ち上げ、火星に自立した文明を築く、まさに「火星移民」とも言える構想について明らかにしたのは、2016年9月のことだった。

その根底にあるのは、戦争や疫病、小惑星の衝突などで、地球が滅びることへの備えである。たとえ地球が滅んでも、火星などに移住していれば、少なくとも人類という種は生き続けることができる。突拍子もない構想に思えるが、実は根源的かつ、唯一無二の解決策でもある。

マスク氏が立ち上げたスペースXは、ロケットの商業打ち上げや宇宙インターネットなど、さまざまな事業を展開しているが、その究極の目標にして、そもそもスペースXを立ち上げたきっかけこそ、この人類の火星移住にあったのである。

この火星移民構想を実現させるため、マスク氏は大きく4つの鍵となる要素を挙げている。

ひとつは「完全に再使用できるロケットと宇宙船」である。単に火星に行って帰ってくるだけなら、アポロ計画のような従来どおりのロケットや飛行方法でも実現は可能である。しかし、それには莫大なコストがかかるうえに、何百人もの人々を送り込むことはできない。

そこでマスク氏は、ロケットと宇宙船を何度も繰り返し再使用できるようにし、コストダウンを図ることを考えている。ロケットの再使用はスペースXにとってお家芸であり、すでに「ファルコン9」や「ファルコン・ヘヴィ」ロケットで、機体の一部を垂直着陸させて回収し、再使用を行い、限定的ながらコストダウンを実現している。これをさらに進化させ、ロケットや宇宙船全体を旅客機のように運用できるようにすることで、打ち上げコストの大幅な低減を図る。

また、地球に垂直着陸する技術は、大気がほとんどない月や、大気が薄い火星への着陸にも応用できるというメリットもある。

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    火星に垂直着陸したスターシップの想像図 (C) SpaceX

もうひとつは「地球周回軌道での推進剤補給」である。火星まで行って、さらに帰ってくるためには、大量の推進剤(ロケットの燃料と酸化剤)が必要になる。たとえばアポロ計画では、地上から宇宙へ飛行し、月に着陸し、そして地球に帰ってくるまでに必要な推進剤を、一度にすべて打ち上げていた。しかし火星飛行でも同じやり方を採用するとなると、ロケットは途方もないほどの大きさが必要になってしまううえに、人や物資を運べる余裕はほとんどなくなるなど、実現性に乏しい。

そこでマスク氏は、人が乗った宇宙船と、その宇宙船が火星へ行くのに必要なだけの推進剤を積んだ「タンカー」とを別々に打ち上げるという方法を提示した。まず宇宙船は、地球を回る軌道に乗るのに十分なだけの推進剤のみで飛び立つ。その宇宙船を打ち上げたロケットは地上に着陸し、続いてタンカーを載せて打ち上げる。そして、宇宙船と軌道上でドッキングし、宇宙船はタンカーから推進剤の補給を受け、火星へ向けて旅立つ。手間はかかるものの、一度にすべて打ち上げるよりは、現実的な大きさのロケットと宇宙船で火星まで、それも大量の人員や物資を積んだ状態で行けるようになる。

そして、この推進剤の補給と同じくらい重要なのが「火星での推進剤の現地生産」である。人・物資と、推進剤を別々に打ち上げるにしても、火星へ行って帰ってくるのに必要なだけの推進剤を地球からすべて持っていこうとすると、とても実現は難しい。

そこでマスク氏は、地球からは火星に行くまでに必要なだけの推進剤のみを持っていくことにし、火星から地球へ帰ってくるのに使う推進剤は、火星で現地調達することを考えている。火星の大気には二酸化炭素があり、そして地表や地下には水があるといわれている。そこで、まず水を電気分解して水素と酸素を取り出し、そのうち水素を二酸化炭素と高温・高圧状態に置き、金属触媒と反応させることで水とメタンが得られる。これをサバティエ反応という。こうして生成したメタンと、電気分解で得られた酸素を、火星から帰還するための宇宙船の推進剤に使用する。

また、サバティエ反応のもうひとつの生成物である水も、電気分解して水素と酸素に分けて使えば、無駄のない推進剤生成サイクルを成立させることができる。もちろん、あらかじめ推進剤生産のための設備を地球から持ち込む必要はあるものの、一度持ち込めば壊れない限りは使い続けることができる。

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    サバティエ反応を用いた、火星での推進剤生成プロセスを示した図 (C) SpaceX

最後が「最適な推進剤の使用」である。これまでロケットの燃料には、ケロシン(灯油)や液体水素が使われることが多かった。しかしケロシンは火星で生成ができないうえに、コストもやや高く、また煤が出るため再使用性も低い。一方の液体水素は火星で生産できるものの、極低温にしなければならないためコストが高いうえに扱いづらく、密度が低いため宇宙船の構造が大きくなってしまう。

そこでマスク氏は、メタンを使うことを考えている。前述のように、メタンは火星で現地生産できるうえに、コストも安く、扱いやすいため軌道上での推進剤の補給も楽で、また煤が出ないのでエンジンを再使用しやすい。さらに密度も高いため、宇宙船の構造を小さくできる。性能もケロシンより良いなど、言うなればケロシンと液体水素のいいとこ取りをしたような性質をもっている。

こうしたアイディアの多くは、過去に多くの科学者などによって検討されたことがあり、その一部は「マーズ・ダイレクト」構想としてまとめられている。マスク氏はそれを掘り起こすとともに、現代の技術を使い、実現可能なレベルに落とし込もうとしているのである。

そしてマスク氏は、これら4つの要素を踏まえ、実際に火星移民を実現するため、巨大なロケットと宇宙船を開発することを明らかにした。2016年の発表時は「惑星間輸送システム(ITS、Interplanetary Transport System)」と呼ばれていたが、2017年9月に名前が「ビッグ・ファルコン・ロケット(BFR:Big Falcon Rocket)」に改められ、宇宙船やロケットの設計も大きく変わった。

さらに2018年9月には、ZOZO前社長の前澤友作氏と、BFRを使った月飛行旅行を実施することを発表するとともに、設計も再度変更された。そして現在では、宇宙船は「スターシップ(Starship)」、それを宇宙空間へ打ち上げるロケット(ブースター)は「スーパー・ヘヴィ(Super Heavy)」と呼ばれている。

そして名前の変化と合わせ、そのサイズや姿かたち、仕様など、設計も大きな変化を続けてきている。

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    2016年に発表された「惑星間輸送システム(ITS)」の想像図。それから3年が経ち、現在ではその姿かたちは大きく変わった一方、ついに試験機の実機が登場した (C) SpaceX

(次回に続く)

出典

STARSHIP UPDATE | SpaceX
Starship | SpaceX
STARSHIP UPDATE | SpaceX
Making Life Multiplanetary SpaceX
Elon Musk(@elonmusk)さん / Twitter

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info