SBクリエイティブは、このほど『その「一言」が子どもの脳をダメにする』(990円/成田奈緒子、上岡勇二著)を発売した。本書は、脳科学×心理学×教育学でわかった認知力・自律力・思考力を奪う言葉、伸ばす言葉を紹介している。子どもの脳を伸ばす"科学的に正しい言葉がけ"とは?

  • 『その「一言」が子どもの脳をダメにする』(990円/SBクリエイティブ刊)

著者は、小児科医・医学博士であり文教大学教育学部教授の成田奈緒子氏と、臨床心理士・公認心理師の上岡勇二氏。同氏らが立ち上げた「子育て科学アクシス」という組織では、脳科学、心理学、教育学のエビデンスに基づいた独自の理論「ペアレンティング・トレーニング」(よりよい脳育てのための生活環境づくり)を確立してきた。

その理論をもとに、同書では「科学的に正しい、子どもの脳をよりよく育てる言葉がけ」を解説している。今回はその中から、子どもの「自律」を奪う"ほめ言葉"についてを抜粋。みなさんは普段、どんな言葉をお子さんにかけているだろうか。ぜひチェックしてみてほしい。

■子どもの「自律」を奪う言葉

100点を取らないとダメ?/チカ(小4)

進学塾に通い始めたチカ。勉強を一生懸命頑張って、学校の国語のテストで100点を取りました。「100点取るなんて偉いね! 本当にうれしいよ」と両親は大喜び。その日の晩は、母親がチカの大好物のハンバーグを作ってくれました。
ところが数日後、算数のテストで70点を取ってしまいます。帰り道、誰もいない公園に立ち寄るチカ。そこには、ごみ箱に答案を破り捨てている 姿がありました。それから1年後、チカは不登校になってしまいました。

ほめ言葉は子どもを縛る言葉

親から子どもへの「何気ない」言葉が原因で、子どもがトラブルを抱えてしまうケースを紹介していきます。事例は個人情報にも関わるため、一部フィクションを交えていますが、どれも私たちが日常的に接することの多いトラブルばかりです。では、早速見ていきましょう。

チカのケースのように、「こんな成績取れるなんてすごいね!」「いい子にしてくれて本当にうれしいわ」などのほめる行為を、多くの親御さんたちは「よかれ」と思ってやっているのではないでしょうか。

しかし、こういった「ほめ言葉」は、「足かせ」にもなりうるものです。私たちは基本的に、親が子どもをほめるということを推奨していません。なぜなら、ほめることは、「これだと良い」「これだと悪い」と、評価の基準を作ってしまうからです。

「100点取るなんて偉いね!」と喜ぶ親は、ともすれば、「99点では許してもらえない」と自分を追い詰めてしまう子どもを生み出します。「100点を取って偉いね!」というメッセージは、同時に、「でも99点ならダメ!」というメッセージにもなりうるからです。

不安が強めの性格傾向を持つ子どもが、このような言葉を受け取ると、親に喜んでもらおうと一生懸命勉強をします。100点が取れたときはいいのですが、取れなかったときに「次回は100点が取れるように頑張りなさい」と言われたり、親が残念そうな表情をしていたりするのを見ているうちに、「100点を取れない自分はダメ」という考えに囚われるようになります。これは不安の表れです。

まずは、チカのように、答案をこっそり捨ててしまう、といったような小さな歪みから始まります。そのうち、生活面すべてにおいて「自分はダメ」と考えるようになると、心身に歪みが生じ、朝起きても体が動かず、学校に行けない状況になることもあります。

親が「よかれ」と思って言ってしまいがちな言葉は、何も学校の成績に限った話ではありません。たとえば、「何でも食べてくれてお母さんうれしいわ」という言葉は、同時に「食べなかったら、お母さんはあなたのこと嫌いになるからね」というメッセージとして子どもに伝わる可能性もあります。

たとえば、「運動がこんなにできるんだから、将来はオリンピック選手だね!」というメッセージも、子どもに対して必要以上にプレッシャーをかけてしまいかねない言葉です。トップが取れなかったときに心身が不安定な状態になり、不登校になってしまったケースもあります。

脳の神経回路「こころの脳」

ところで、子どもの脳では、10歳を過ぎた頃からだんだんと、「からだの脳」(間脳・脳幹)と前頭葉をつなげる神経回路が構築されていきます。この神経回路が「こころの脳」です。

「からだの脳」は、人間が生きていくために必要な原始的な欲求や感情をつかさどる生命維持装置です。しかし、社会の中で他者とうまく生きていくためには、「からだの脳」から発せられる喜怒哀楽を、いつでも思いのままに表出させるわけにはいきません。そこで、「からだの脳」と前頭葉を神経回路でつなげることによって、自分が置かれている状況や他者との関係性を考慮に入れて、論理的な判断ができるようになっていくのです。

チカのケースの場合、この前頭葉と「からだの脳」との神経回路が構築されていないと考えられます。

前頭葉は、「おりこうさんの脳」(大脳新皮質)に何度も繰り返し入ってきた刺激、すなわちこれまでの経験や知識・記憶を基に、自分独自の考え方で判断できる脳です。

しかし、チカの「おりこうさんの脳」には、「失敗しても大丈夫だ」という経験・記憶が全く入っていませんでした。「100点を取ればほめてもらえる」という記憶しかないので、前頭葉はそれ以外のオプションに対して判断することができません。そのことが脳の構築を壊し、心身症状、ひいては不登校につながってしまったのです。

「ほめる」のではなく「認める」

このように、親が学校や塾での成績をほめてしまうことは、子どもの脳の正しい発達を阻害する要因になりかねません。しかし、多くの親は、子どもが小学校に入学した途端に成績を気にし始めます。生まれたときには、「健康に育ってくれればそれで十分」と思っていたはずなのに、成績という評価で、自分の子どもの立ち位置を相対的に判断し始めるのです。

しかし、親は、学校や塾での成績を測るモノサシを持つべきではありません。学校や塾での評価は絶対的なものではなく、環境によって変化しやすいもの。そして、親が口を出さなくても、子どもは学校で成績という評価にすでに十分にさらされています。

学校や塾のように、点数などの数値で「評価」するのではなく、日々の生活の中で子どもの成長を発見して「認める」のが親の役目です。

私たちは「ペアレンティング・トレーニング」で、「親はブレない軸を持つ」ということを重要な考えとしています。

親は学校の評価には一切関わらず、家庭生活で必要な「軸」のみを持って、子育てをしていく。「軸」は、子どもが生きていく上で本当に必要なこと、たとえば、「死なない、死なせない」などを2本~3本だけ。子どもがその「軸」から外れそうになったときのみ、全力で𠮟るべきだと考えています。

親に評価されず自由にさせてもらえれば、子どもはいつしか、ほかと比較して「もっといい点を取りたい」と努力したり、もしくは「まあ、点数が低くてもみんなと仲よくできていればいいや」とより友達と仲よくしたり、いずれにせよ、「自分なりに考えて行動」し始めます。

子どもが成長している様子を発見したら、それを言葉で認めてあげましょう。そうやって「成長する子ども」を「認める」ことこそが、子どもの「こころの脳」を育てます。生活が子どもの脳を育てる、というのはこういうことです。 親は家庭生活における「軸」を持つ。これは脳育てにおいて一番大切なことなので、これからも何度も繰り返し述べていきたいと思っています。


書籍『その「一言」が子どもの脳をダメにする』(990円/SBクリエイティブ刊)

同書では、本稿で伝えた内容以外にも親として注意したい言葉がけが、多数紹介されている。気になる方は、ぜひ本を手に取ってみてはいかがだろう。