“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回は東京都23区内にある、その泉質が近年(2020年以降)に「天然温泉」と認定された銭湯3軒をピックアップした。


この記事を読まれているあなたは、「温泉地」という言葉からどんな場所をイメージするだろうか。例えば箱根(神奈川県)や草津(群馬県)など山間部か、熱海(静岡県)のような海沿いか、いずれにせよ「都会の騒がしさから離れた自然豊かな場所」というイメージを持つ人が大半かと思われる。

  • 実は東京にも天然温泉が少なくない

    実は東京にも天然温泉が少なくない

だが、実は大都会・東京にいながらでも、良質な温泉を安価に利用できる銭湯は数多い。例えば東京固有として知られる「黒湯」は大田区の蒲田地域で湧出が多く、テレビ東京系のバラエティ番組『出没!アド街ック天国』でも「蒲田温泉郷」が紹介されるなど(2024年1月13日(土)放送回)、じわじわと知名度を上げつつある。

この他にも23区全体を見れば、当記事で扱うメタケイ泉やナトリウム泉など種類も豊富。大都会の陰で目立っていないだけで、よく注目してみれば東京も立派な「温泉地」なのだ。

ランニング後に天然温泉&最新サウナに入れる奥浅草の隠れ家『堤柳泉』(台東区)

  • 筆者のオススメ、奥浅草・千束通りの人気食堂『ナカジマ』

    筆者のオススメ、奥浅草・千束通りの人気食堂『ナカジマ』

東京都のみならず日本を代表する一大観光地・浅草。特に浅草寺界隈は平日・休日を問わず大混雑だが、一方で浅草寺から言問通りを挟んで北側、いわゆる「奥浅草」は隠れた散策スポットとして人気が高まっている。その奥浅草の中央を走る千束通りの北端から、さらに少し先にあるのが『堤柳湯』だ。

  • 東京都23区内の「天然温泉」認定銭湯を3軒をピックアップしてご紹介

    微妙にギラギラした感じのある堤柳泉

堤柳泉という店名は、所在地の「日本堤(にほんづつみ)」と店舗近くにある吉原の「見返り柳」、さらに良質な地下水の「泉」を合わせたものだというが、その地下水が2022年に天然温泉として認められている。泉質は関節痛や皮膚病などへの効果が期待できるカルシウム―塩化物冷鉱泉。しかも一部は源泉掛け流しである。

  • 入口脇にある地下水についての看板

    入口脇にある地下水についての看板

建物自体は若干古びてはいるが、普段からの清掃がかなり行き届いており、広々した脱衣所は木の床板がピカピカ。畳敷きの腰掛けと業務用扇風機もあり、入浴前の脱衣や湯上がりの休憩がしやすいのも地味に嬉しいポイントだ。

白タイルの主浴室にあるのはバイブラと寝風呂2つを備えた中温風呂、薬湯、水風呂とサウナ。加えてそれぞれ別室になった高温風呂、そして源泉掛け流しの岩風呂がある。最もオススメはこの岩風呂で、若干熱めの温泉がほどよく肌に染み込み、岩風呂と和風の内装を見上げながら湯船に浸っていると、ちょっと旅行先にいるような感覚も味わえる。休憩用の椅子が二つ置かれているのも良い。

  • 堤柳泉の店内写真看板

    堤柳泉の店内写真看板

サウナも温泉認定と同じ2022年に大幅リニューアルしており、レンガ小屋風の内装と抑えた間接照明がグッド。室温は比較的控えめで、サウナでは意外と珍しいFMラジオのBGMに耳を傾けつつ、薄暗い室内でじっくり温まっていられる。2段式になっており、その上段の部屋の一カ所だけ奥に深くなっているため、寝転がりながら利用できるのが独特だ。

堤柳泉は浴槽設備の面以外でも個性的で、浴室の壁面には堤柳泉について掲載した過去の新聞・雑誌の切り抜きがズラズラと貼られている。湯けむりのなかでは一瞬「壁の模様かな?」と見間違いそうになるが、近寄ってみると全て銭湯の紹介記事なのでビックリするだろう。

加えて銭湯のご主人は東京マラソン出場経験もあるランナーであり、銭湯自体もランステ(ランニングステーション)として界隈では有名な存在である。奥浅草エリアでも特にユニークな銭湯のひとつだ。


『堤柳泉』:東京都台東区千束4-5-4/最寄駅:東京メトロ日比谷線「三ノ輪駅」から徒歩10分/火~土13:00~22:00、日祝12:00~22:00(月曜休)/料金:入浴550円、サウナ込入浴料750円、レンタルタオルセット100円(フェイスタオル・バスタオル)/駐車場なし


最新リノベされた「無」の空間で温泉を楽しむ『新宿落合温泉 松の湯』(新宿区)

  • 柱が並び、起伏もあって独特な山手通りの風景

    柱が並び、起伏もあって独特な山手通りの風景

次に向かうのは新宿区と中野区とのちょうど境界上にある、東京メトロ東西線・落合駅。西側出口が山手通りに面し、近くには首都高速道路・中央環状線の山手トンネル路内換気塔が白い柱のように立ち並んでいる。入浴前に時間があれば散歩してみるのも良いだろう。

落合の銭湯といえば駅東側出口に直近の『松本湯』が非常に有名だが、今回は逆の駅西側近くにあるビル型銭湯『新宿落合温泉 松の湯』を紹介する。(※以下『松の湯』と記載)

  • 松の湯は外観もモダン

    松の湯は外観もモダン

松の湯は関東大震災後の1923年(大正12年)創業で、その歴史は実に100年超。現在のビルは1989年(平成元年)に建てられたもので、2023年にはデザイナーズ銭湯で有名な建築家・今井健太郎氏の手で、極めてモダンな雰囲気へと大幅リニューアルを遂げた。利用客が何も飾らず気負わずに、素の姿になれる「無」をコンセプトとしており、浴室の内装は黒にも近い濃紺色タイルのほぼ一色。非常にシックで静謐な空間設計だ。

  • 店外デジタルサイネージに浴室内の様子が映っている

    店外デジタルサイネージに浴室内の様子が映っている

松の湯は井戸水を使用しており、2025年7月に温泉としてのライセンスを取得している。泉質は優れた保湿効果から「美肌の湯」として知られるメタケイ酸。これを浴槽のみならずシャワーにもカランにも全て使用しているのだから贅沢である。

  • 店舗の温かみを感じさせるロゴ&のれん

    店舗の温かみを感じさせるロゴ&のれん

浴室内は比較的コンパクトで、サウナはないものの浴槽の種類そのものは多く、水風呂、中温の大浴槽、深湯が並ぶ。浴室奥からは半露天スペースに入ることができ、ここには背中ジェットと脇腹ジェットの付いた高温風呂が設けられている。浴室内の所々に段差があり、深湯から大浴槽へ滝のように湯が流れ落ちているのが印象的だ。

特に大浴槽は空間設計が優れており、衝立状の壁で洗い場と隔てられた湯船に身を沈め、天井を見上げていると、まさにコンセプトどおり「無」と一体化していくような没入感がある。半露天スペースには数人が腰かけられる外気浴用のベンチもあるので、水風呂なしでも温冷交代浴をやりやすい。

また、松の湯の魅力はお店の方々の暖かい接客だ。フロントでフェイスタオルとバスタオルをレンタルする時など、「フェイスタオルの方が安いよ!」とほがらかな気遣いをかけてくれたので驚いた。湯上がりと思しき小さな子供とお店の方々が家族のように談笑している場面もあり、店舗デザインは最新スタイルでも、のんびりしたコミュニケーションは昔ながらである。


『新宿落合温泉 松の湯』:東京都新宿区上落合3-9-10/最寄駅:東京メトロ東西線「落合駅」から徒歩1分/15:30~24:00(土曜休)/料金:入浴550円(貸フェイスタオル1枚込)、レンタルタオル50円(追加フェイスタオル)、150円(バスタオル)/駐車場なし


杉並区にいながら気分はハワイアン?『阿佐ヶ谷温泉 天徳泉』(杉並区)

  •  阿佐ヶ谷駅北側の居酒屋街『スターロード』

    阿佐ヶ谷駅北側の居酒屋街『スターロード』

最後に紹介する銭湯があるのは、中杉通りの幅広な並木道とJR中央線とが交差する阿佐ヶ谷駅。駅の北側には雑然としつつも独特の趣ある居酒屋街が続き、宴会や飲み歩きにおすすめのスポットとなっている。そこを抜けた先の閑静な住宅街にあるのが『阿佐ヶ谷温泉 天徳泉』だ。(※以下『天徳泉』と記載)

  • 入口上のアルファベットが目を引く天徳泉

    入口上のアルファベットが目を引く天徳泉

天徳泉は終戦直前の1944年(昭和19年)創業という、地域で長年親しまれてきた銭湯である。現在の経営者が店を引き継いだ後はDIYも駆使して外観・内装・浴室の部分改良を行い、店先にはギラギラした「Spa Resort ASAGAYA」という文字が踊っている。後述のとおり、杉並区内の他銭湯とくらべてもひときわ独特なテイストの店舗である。

  • この店名は福島の方のスパリゾートも認知しているらしい

    この店名は福島の方のスパリゾートも認知しているらしい

最大の特徴は浴室内の雰囲気そのものであり、壁面の一部には南国風の海岸線やハイビスカスの花が描かれ、イミテーションの観葉植物まで配置されている。阿佐ヶ谷でなく福島県いわき市の『スパリゾートハワイアンズ』を思わせるような、何とも南国チックな雰囲気だ。一方、浴室奥の壁には昔のままのタイル絵もしっかり残されており、新旧両方の良い所を使ったインテリアとなっている。

  • 「手ぶらで ふらっと」入れるのが東京温泉の良さ

    「手ぶらで ふらっと」入れるのが東京温泉の良さ

浴室の水は地下100mから汲んでいる地下水で、2023年に天然温泉として認定を受け、これを受けて屋号を当初の『天徳泉』に『阿佐ヶ谷温泉』を足して現在の形となった。泉質は松の湯と同じくメタケイ酸を含んだもの。さらに天徳泉の独自要素として、様々な鉱物・岩石を砕き固めた玉を無数に入れた機械へ井戸水を通し、硬度を高めて湯冷めしにくい「波動水」にしてから使用している。

浴室内の設備はジェットなどを兼ねた浴槽に水風呂、スチームサウナと、「構成だけを見れば」比較的シンプルである。だが水風呂は近年になって新しく設置された外付け・組立式のもので、浴槽の底には巨大なハイビスカスの絵が描かれていて驚かされる。スチームサウナの温度はかなり高く、全身を遠慮なくビリビリ刺激してくるので、無理せず数分程度にしておくのがベターだろう。水温が低めな水風呂との相性も絶妙である。

外気浴スペースはないが、代わりにサウナ&水風呂後の休憩椅子とベッドが、洗い場の一部を流用して設置されている。元から洗い場についているシャワーがそのまま、使用後のベッドや椅子を洗い流す用途に転用されている点に、レトロさと機能性が合わさった工夫も感じられそうだ。ベッドに身を委ねて目を閉じ、浴室内BGMのハワイアンミュージックに聞き耳を立ててみれば、杉並区にいながら気分は南国リゾートである。


『阿佐ヶ谷温泉 天徳泉』:東京都杉並区阿佐谷北2-22-1/最寄駅:JR中央・総武線「阿佐ケ谷駅」から徒歩4分/15:00~25:00(水曜休)/料金:入浴550円(貸フェイスタオル1枚込)、サウナ込入浴料800円、レンタルタオル50円(フェイスタオル)/駐車場なし


東京の温泉のよさは「普段使い」のしやすさ

環境省が公表している日本国内の温泉利用状況データによると、2023年度(令和5年度)時点で東京都内の源泉数は169ヶ所。これは温泉で有名な大分県(5,086ヶ所)や北海道(2,239ヶ所)に比べて、圧倒的に少ない数値である。関東地域内だけに目を向けても、箱根温泉のある神奈川県(605ヶ所)や草津温泉のある群馬県(459ヶ所)などに対して、東京都は源泉数だけを見れば少ない言わざるをえない。

その一方、東京都は温泉の源泉数がゆるやかな増加傾向にあり、天然温泉を利用する公衆浴場の数も2019年度(令和元年度)の128軒から、2023年度には139軒に増えている。国内全体では2019年度をピークに温泉利用の公衆浴場数がほぼ横ばいとなっている中、これは良い傾向と言えるだろう。

  • 遠方の温泉地ではなかなか見ないタイプの看板

    遠方の温泉地ではなかなか見ないタイプの看板

また、都心部の天然温泉の長所は「普段使いしやすい」ことだ。休日に遠方の温泉地で日常から離れた温泉体験をするのは素晴らしいものだが、一方で東京の温泉も「仕事帰りに」「食事や飲み会の前後に」「街歩き後のリフレッシュに」など、日々の予定と手軽に組み合わせられるのが実に便利。騒々しさやストレスを感じやすい都心部において、手軽に癒しを得たいならば「温泉に入れる銭湯」が最適である。