“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間。大きな湯船に全身を預け、浮遊感を味わいながらポカポカ温まる安らぎの場、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまで紹介する。日々の疲れは、湯船に置いて帰ろう。
今回は東京都・台東区の浅草寺周辺から北側にある、いわゆる「奥浅草」エリアにある銭湯3軒をピックアップしていこう。
日本中のみならず世界中からも観光客が日々訪れる、東京随一の観光地・浅草。628年(推古天皇36年)創建という東京最古の寺社・浅草寺や仲見世商店街を中核にしながら、その周辺では日夜さまざまな飲食店やショップが最新トレンドにあわせて更新され続ける、非常に変化の激しい街である。
一方、浅草寺から言問通りをはさんで北にある奥浅草の一帯には、「東京」というより「江戸」の粋な面影をどことなく残した、比較的のんびりした住宅地が広がる。そうした中に年季の入った飲食店や、新進のカフェ・セレクトショップが多く点在することから、近年になって注目の高まっているスポットだ。
こうした街には、地元民から長年愛される銭湯も多くが現役である。記事中で紹介する3軒のうち2軒は老舗銭湯に定番の宮造り建築で、うち1軒はなんと都の歴史的建造物にも認定済。高齢の常連も多く、浴室内では昔ながらの江戸っ子気質な談笑も珍しくない。奥浅草散策の後や、夜の浅草へ飲みに行く前などに、是非とも立ち寄っておきたい。
2025年リニューアル、5月には藤の紫をまとう歴史的建造物『曙湯』
浅草寺はその広大さゆえに、敷地の東西南北に多数の出口がある。そのうち北側出口から言問通りの横断歩道を渡った先の富士通りは趣味の良い店舗が並び、手軽に「奥浅草らしさ」を感じやすい。その通りの途中で左折し、少し歩いた場所にあるのが『曙湯』だ。
曙湯は東京の銭湯の定番・王道でもある、お寺のような宮造り建築。全体の堂々とした雰囲気はもちろん、柱や細部などの飾りや彫り込みも匠の技が冴えて美しい。この建築は2025年、東京都が選定する「東京都選定歴史的建造物」にも認定されている。建物正面に大きな藤棚(藤の蔓を巻き付かせ、藤の花が垂れ下がるようにした棚)があるのも特徴で、毎年4月下旬~5月初旬には華やかな紫の花々で彩られる。
曙湯はかつて廃業危機にあったところを、2025年8月に運営者を変えてリニューアルオープンしたことで話題となった。フロントや脱衣所は建築本来の良さを最大限に活かしつつモダンにブラッシュアップされており、浴室内の設備は内湯のボディバス・ジェットバス・バイブラ、そして半露天の「絹の湯」。全体に湯温は高めなのが江戸っ子らしくもある。絹の湯は超微細気泡による健康効果のほか、内湯とは異なった黒ベースのインテリアがシャープな印象だ。水風呂やサウナはないものの、身体をガッシリ温めて整える効果は十分以上である。
また、曙湯は「文化を沸かす銭湯」をコンセプトとしており、浴槽や建物以外の取り組みやホスピタリティにもこだわりが光っている。店内には若手作家の作品などを展示するギャラリースペースを設けているほか、5月になれば藤の花を見ながらくつろげる屋外の休憩処も。午前6時からの朝風呂も行っており、銭湯文化アピールのため活発なアクションを続けている。
『曙湯』:東京都台東区浅草4-17-1/最寄駅:つくばエクスプレス「浅草駅」から徒歩約7分/平日6:00〜9:00・11:00〜25:00、土日祝6:00〜25:00(第二火曜休)/料金:入浴550円、貸しタオルセット200円/駐車場なし
サウナと水風呂は浴室内の2階、千束通りで愛される『アクアプレイス旭』
浅草寺の西に接する老舗遊園地「浅草花やしき」のすぐ近くには、全面がアーケードで覆われた昭和テイストの商店街、ひさご通りがある。ひさご通りから言問通りを挟んで反対側にあるのは、奥浅草エリアの西側を通る千束通りで、こちらも歩道アーケードの下に個人商店や飲食店が並んで懐かしい雰囲気だ。その途中のパチンコ屋辺りで左折した先にあるのが、外壁の大きな「AQUA」という字が目印の『アクアプレイス旭』である。
アクアプレイス旭は戦前から続く歴史の長い銭湯であり、2001年(平成13年)に現在のビル型店舗となった。ロビーや脱衣所は公共施設のように整った雰囲気であり、浴室に入るとビル型としては珍しい天井の高さに驚かされる。内装やタイル絵がとてもカラフルで、さながら南国のような雰囲気だ。
浴室の設備は中温の薬湯と、ジェット・座風呂・マッサージ風呂・深湯などを兼ねた若干熱めの大浴槽。井戸から汲んだ地下水を使用しており、水質はほどほどの柔らかさである。深湯は水圧と湯温のおかげでそこそこ負荷が強く、この深湯から上がったらシャワーなどで水をかけ、休憩してからまた深湯という温冷交代浴にも向いている。
特徴的なのはサウナと水風呂で、どちらも浴室内の階段を上った先の2階にある。昇り降りで足を滑らせないよう若干の注意を要するが、2階から見下ろす浴室全体の風景はなかなか壮観だ。
サウナの室内は2段になっていて、7~8人程度とそこそこの広さ。温度は110℃前後と若干高めながら、湿度調整のおかげか思ったよりも負担は少ない。おまけに壁面には香りの良いヴィヒタ(白樺などの若い枝葉を束ねたもの)もあり、フィンランド風の雰囲気も十分。水風呂もそれなりに広く、腰掛けて休憩できるスペースもあるため、1階に降りずともサウナ・水風呂・休憩のルーチンを無理なくこなせる。奥浅草の銭湯の中でも、とりわけサウナー推奨店のひとつだ。
『アクアプレイス旭』:東京都台東区浅草5-10-5/最寄駅:つくばエクスプレス「浅草駅」から徒歩約7分/15:00〜25:00(火曜休)/料金:入浴550円、サウナ込入浴料750円、レンタルタオル30円(フェイスタオル)、100円(バスタオル)/有料駐車場と隣接
名物ラドン風呂はととのい度抜群! 昔ながらの銭湯文化が息づく『鶴の湯』
隅田川そばの古刹・待乳山聖天の近辺から、奥浅草のなかを北東向きに700mほど細長く伸びる「山谷堀公園」。かつては隅田川と吉原遊廓をつないでいた水路「山谷堀」を埋め立てた場所であり、現在は春の桜と東京スカイツリーを一度に眺められるスポットだ。そこからほど近い場所にあるのが、最後に紹介する銭湯『鶴の湯』だ。
鶴の湯は曙湯と同じく宮造り銭湯であり、創業は戦前の1928年(昭和3)。戦災で焼失するも再建され、現在の建物は1960年(昭和35年)から使われ続けている。近年になって外装補修が行われ、元の建築を保ちつつも、白壁やスレート屋根がキリリとした和の佇まいである。また、基本料金にサウナと小タオルレンタルが含まれており、バスタオルを借りても合計850円と非常にリーズナブル。物価高で銭湯代も上昇傾向の中、嬉しいポイントである。
のれんをくぐると、玄関の横にある異様にガッチリした機械、その名も「ラドン発生装置」に初見の人は驚かされるだろう。フロントや脱衣所は「これぞ銭湯!」というレトロなテイストだが、浴室内は2011年にリニューアルされ、白いタイルと青い高天井が爽やかだ。設備や壁面に年季が入った所はありつつ、清掃や設備補修も行き届いている。
浴室面積はコンパクトながら設備が非常に多いのが特徴で、名物ラドン風呂に加え、マイクロバブルによる低温のシルク風呂、電気風呂・座風呂・ハイパージェットを兼ねた浴槽、別室で半露天となっている高温の岩風呂(薬湯付き)、そして水風呂にサウナとなっている。最初はシルク風呂で身体を慣らしてから他の湯船につかり、しっかり身体がほぐれてからサウナを利用するのが良い。
特に筆者の推しは、玄関の機械で沸しているラドン風呂である。これは天然の土や岩石に存在する「ラドンガス」を安全な濃度にしてお湯に溶かし込んだもの。お湯の柔らかさや温度、成分が本当に心地よく、浸かると同時に思わず息が漏れるほどなのだ。岩風呂と同じくこぢんまりとした個室になっており、とりわけ冬場には内部が湯気で満たされ、外部と切り離された空間のなかでラドンの湯ざわりを満喫できる。
また、設備以外の特色は、地域の常連さんが非常に多いこと。客同士が知り合いということも珍しくなく、浅草の飲食店や会社で働く人々が長年の友人のように談笑している事も、この銭湯では日常風景である。なかには週5~6日も(定休日を除けばほぼ毎日!)この銭湯を普段使いしている人もおり、昔ながらの浅草らしい銭湯文化を、最も色濃く受け継いでいる店舗と言える。
なお、台東区はこちらの鶴の湯以外にも、JR総武線・浅草"橋"駅の近くに全く同じ屋号の銭湯『鶴の湯』がある。最初から銭湯が目的で街を訪れる場合は、間違えないよう注意しておきたい。
『鶴の湯』:東京都台東区浅草5-48-4/最寄駅:つくばエクスプレス「浅草駅」から徒歩約12分/14:00〜23:00(木曜・祝前日休)/料金:入浴550円(サウナ、小タオル込)、レンタルタオル300円(バスタオル)/直近に有料駐車場あり
奥浅草は「昔の浅草」の香りを残すタイムカプセル
現在、浅草周辺の銭湯はすべて奥浅草エリアにあり、つくばエクスプレスの浅草駅からなら比較的近いものの、銀座線や東武伊勢崎線の駅から行こうとすると若干の時間を要する。アクセスには都バスや台東区循環バス「めぐりん」を有効活用するか、この際ちょっと長い散歩だと割り切って、浅草寺界隈や隅田川沿いをぶらぶらと進んでいくと良いだろう。
一般公衆浴場扱いの銭湯に限らなければ、浅草寺西側の歓楽街・浅草六区の「浅草ROX」の6・7階にスーパー銭湯『まつり湯』が営業している。こちらも観光地だけあって浴室内外の設備が充実しているほか、スカイツリーを眺めながら入浴できる露天風呂などもあるので、浅草寺観光の後で手っ取り早くリフレッシュしたい場合にオススメだ。
実はかつて、浅草寺のすぐ近くでもいくつかの銭湯が存在していた。例えば浅草ROXからすぐ近くにあった『蛇骨湯』は、なんと創業が江戸時代。東京固有の「黒湯」温泉を用いた湯船と屋外水風呂を露天スペースに設け、そこから鯉の泳ぐ池を眺めることができるという、歓楽街ど真ん中に風情のある空間を演出した名店であった。
浅草花やしきのすぐ近くにあった『浅草観音温泉』も有名であり、営業時間が朝早いことや重曹泉の水質、3階の大広間などがよく知られていた。浅草観音温泉は2016年に設備故障のため、蛇骨湯も2019年に地域再開発の影響などで閉店し、現在はどちらも思い出の中の存在である。こうした「浅草の風呂風景」を今なお保っているのが奥浅草なのだ。
浅草界隈は現在の流行や世相にあわせ、莫大な観光客パワーを元手に猛スピードで変わりゆくエリアとなった。一方で奥浅草エリアは所々に新しい風を受け入れつつ、全体的には雰囲気を変えないことで、昔の浅草の雰囲気をほどよく残したタイムカプセルのような街となっている。浅草に行く機会がある人は、是非とも奥浅草の湯処を通じて、古き良き浅草の空気を体験してほしい。















