“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間。大きな湯船に全身を預け、浮遊感を味わいながらポカポカ温まる安らぎの場、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまで紹介する。日々の疲れは、湯船に置いて帰ろう。
今回は「元・早大生」の筆者・デヤブロウが、東京都新宿区の早稲田〜高田馬場のエリアにある銭湯2軒をピックアップ。早稲田通りから1本入った場所にある純和風の銭湯、新宿区を代表する人気銭湯のほか、2025年に地域に加わった最新サウナも合わせて紹介する。
「貴方はもう忘れたかしら……」の出だしが有名な、南こうせつが歌ったフォークの名曲『神田川(1973年)』。その歌詞にある「二人で行った横丁の風呂屋」のモデルは、かつて早稲田と高田馬場の間にあった、『安兵衛湯』だと言われている。
この曲がリリースされた1970年代当時、早稲田大学などに通う多くの学生が三畳一間から四畳半の小さな下宿に暮らし、風呂がなかったので入浴は近所の銭湯で……という生活風景が一般的だったという。1980年代以降は地価高騰やマンションの増加によって下宿は姿を消していき、銭湯も家風呂の普及に伴って大きく数を減らしてしまうが、この地域では現在でも2軒の銭湯が今なお現役。どちらも早大生を含む常連や銭湯ファンに好まれる店舗である。
馬場歩きのついでに立ち寄れる、宮造りの老舗『金泉湯』
変わりゆく早稲田界隈の風景のなか、長年変わらない早稲田文化として「馬場歩き」がある。東京メトロ東西線・早稲田駅から高田馬場駅への1駅間について、「電車賃を浮かせたい」「時間的にさほど変わらない」「通り沿いの店に行きたい」などの理由で、あえて電車でなく徒歩で早稲田通りを行き来する学生が多いのだ。今回はこの馬場歩きを早稲田側からスタートし、道順に沿って銭湯などを紹介していこう。
穴八幡宮近くからウォーキングを始めて数分。左向きのカーブにあたる場所にはかつて、『松の湯』という銭湯があった。筆者も一度行ったことがあり、泡風呂やサウナなど設備が多い良店だったが、現在では閉業してしまって跡形もない。そんなことを寂しく感じつつ、もう少し先で通りから脇道に入った場所にあるのが『金泉湯』だ。
店舗の入れ替え・建て替えで頻繁に景色を変えていく早稲田界隈にあって、金泉湯は時の流れから切り離されたかのように、レトロかつ立派な宮造り建築。フロントからは日本庭園を拝むことができ、お寺のような格式高い「折り上げ格天井(ごうてんじょう)」や、天井の高い浴室内も見事である。
浴槽の構成はリラックスバスとジェット(超音波)、水風呂、そして半露天の岩風呂。とりわけ岩風呂は浴室全体から隔てられた雰囲気となっており、こじんまりとした家風呂に気取らず浸かっている気分と、遠方の温泉のような気分をセットで堪能できる。サウナはないものの温冷交代浴にちょうどよく、ほぼ基本料金のみで楽しめるのでコスパも良い穴場だ。
『金泉湯』:東京都新宿区西早稲田2-16-20/最寄駅:東京メトロ副都心線「西早稲田駅」から徒歩約6分/15:00~22:00(月曜休)/料金:入浴550円
サウナ×仕事を両立できる、最新コワーキング温浴施設『馬場サウナ』
金泉湯から再び早稲田通りに戻って数分ほど歩くと、明治通りとの馬場口交差点に差し掛かる。そのすぐ近くに2025年7月にオープンしたのが、男性専用施設(※レディースデーあり)の『馬場サウナ』だ。
馬場サウナの目玉は地域最大級・30名同時利用可能という、快適さを追求した本格フィンランドサウナ。水深90cm・水温16℃の水風呂や一人用の壺湯、座面やインテリアが異なる3種類もの「ととのい」スペースを設けており、動線設計も完璧という非常にハイクオリティな店舗である。
また、同店では休憩だけでなくノマドワークにも使える『馬場ワークカフェ』も併設。個人作業・対面会議・オンライン会議などに対応した3種のワークスペースを備えており、サウナとカフェの同時利用で1日プランも用意されている。例えば早大生ならば、試験前の勉強や卒業論文作成で大変な時にこそ馬場サウナに行ってみると、サウナでスッキリととのった後での勉学や作業が存分に捗りそうである。
『馬場サウナ』:東京都新宿区高田馬場2-1-1 センテニアルタワー2F/最寄駅:JR山手線「高田馬場駅」から徒歩約8分/8:00~23:00(臨時休業日はHPやSNSで要確認)/料金:サウナ・カフェプラン1時間1,480円(平日)2,080円(休日)、1日3,280円(平日)3,880円(休日)
浴室内で「南米旅行」? 昔も今も学生・若人に愛される『世界湯』
明治通りを渡って早稲田通りを進んだ先は、JR山手線の高田馬場駅。西武新宿線とJRの高架下をくぐると、駅の西側から早稲田通りは長い登り坂になる。近年では中華系・アジア系の店舗が林立するようになった一体をしばらく歩いていき、途中で右折して今度は坂を下ってから、2〜3分さらに歩く。その先の住宅街のなか、神田川の手前に佇むのが『世界湯』だ。
世界湯は1954年(昭和29年)の開業で、2009年には現在のビル型銭湯へと改築。入り口からフロントの間にあるロビー部分がかなり広いのが特徴で、ソファやテーブルのほか、地域誌を配布するカタログスタンドや大型の自動販売機、大画面のテレビまで置かれている。壁面はイベントや地域情報などのポスターがたくさん貼られており、ここだけを見ると公共施設のような雰囲気だ。
浴室内は電気風呂・ミクロバイブラバス(気泡風呂)・座風呂・壺状のマッサージ風呂とフル装備した大浴槽のほか、個室状のスペースには低温の岩風呂と水風呂・サウナ(※男湯のみ)が設置されている。特にバイブラが強めの泡圧で程よく体をくすぐり、浮遊感も相まって非常に心地いい。しかも壁面のタイルアートは堂々たる定番の富士山……ではなく、なんと南米ブラジルとアルゼンチンとの境界にあるイグアスの滝。日本の銭湯を満喫しながら、同時に地球の裏側にある大瀑布も堪能という、店名どおり「世界」を感じられる湯処である。
外気スペースの奥にあるサウナは、室温は低め&湿度高めのコンフォート仕様。上下2段になっているので、体への負担を考慮してゆったり温まるなら下段、ガッツリ一気に発汗したいなら上段を使用するとよい。水風呂も冷たすぎず&ぬるすぎずの20℃ほどであり、広めの浴槽のおかげもあって、サウナ後にフワッと体がほぐれる感じは格別である。
なお、世界湯の周辺は早稲田大学以外にも学習院大学や東京富士大学、日本外国語専門学校など学校機関が多く、そこに通う学生達も頻繁に世界湯を利用しているという。南こうせつが『神田川』で歌い上げたような「学生と銭湯」の関係性が、ここではまだ健在なのだ。店舗のご主人自身も銭湯振興のため様々な取り組みをしており、近年の銭湯業界を代表する店舗の一つと言える。
『世界湯』:東京都新宿区高田馬場3−8−31/最寄駅:JR山手線「高田馬場駅」から徒歩約7分/15:00~25:00(木曜休)/料金:入浴550円、サウナ込1,100円(タオルセット付)
ワセメシ、カフェ、ミュージアム、古書、居酒屋……馬場歩きは楽しい
ここまで銭湯2軒とサウナ1軒を紹介したが、実は早稲田〜高田馬場エリアは飲食・古書・見学施設と魅力が盛り沢山。都内街歩きの隠れたオススメルートなのだ。銭湯などに訪れる時は他の目的と組み合わせても良いし、何気なく目に入った店舗に飛び込むのもまた一興である。
例えば早稲田界隈で有名なのは「ワセメシ」だ。コシのあるうどん&コッテリ丼物の格安セットメニューで長年愛される『ごんべえ』、ボリューム満点の揚げ物で若者の胃袋を鷲掴む『キッチンオトボケ』、よく煮込まれた牛肉・タマネギ・豆腐に玉子の乗った赤玉牛めしが名物の『三品食堂』など、昭和から令和まで早稲田の学生達が通い詰めている店は数多い。モダンな新店も多く、学生に限らずB級グルメ好きにはたまらないスポットだ。
カフェ探しも楽しい。大隈講堂のすぐ近くにある『Uni.Shop & Cafe 125』はコーヒー『早稲田ブレンド』やスイーツ類が美味しいほか、穏やかな日にはテラス席から早稲田の緑を楽しめる。他にも早大南門通りの『早苗』や『Cafe VG』、ファンタジー作品に出そうな不思議な雰囲気の『アララ カララ』、2026年1月にオープンしたばかりの『STELLAR CAFE (ステラカフェ)』など、早大周辺や早稲田通り沿いには良質な個人カフェが多い。
また、早稲田大学の構内は受験シーズンを除けば一般人も通行可能。その中には早大の歴史・文化に培われた『會津八一記念博物館』『坪内博士記念演劇博物館』『村上春樹ライブラリー』など、無料で入れるうえに内容充実な博物施設が複数ある。「都の西北 早稲田の森」はミュージアムの森なのだ。
早稲田大学から高田馬場への「馬場歩き」中の名物といえば、古書である。特に早稲田通りの金泉湯近辺〜明治通りまでの間には、年季の入った古書店が今も数多い。店頭に並んだ格安書籍を少し見物し、店の奥を覗いてみると立派な古書がズラリということもしばしば。さながら「プチ神保町」のような気配すらある。
そして明治通りをまたいだ先の高田馬場駅周辺といえば、お酒をたしなみ始めてまもない早大生達をグイグイ吸い寄せる歓楽街。多くの大衆居酒屋やアジア系料理店のほか、独特すぎる食材で有名な『獣肉酒家 米とサーカス』など、無礼講の宴会や和やかなパーティーに向いた店舗には事欠かない。
ただし、銭湯通いと組み合わせる場合は、飲酒後の入浴は事故の危険があるので基本NG! 世界湯や金泉湯などに行くなら、必ず時間を空けて飲酒前に入るように……ということが学生諸君に伝わることを祈りつつ、本記事の〆とする。



















