普段私は、あまり女らしくないとか、料理ができなそうとか、文章が男っぽいとか、中国土産に精力剤入りのタバコをもらっちゃったりとか、あまり女らしい感じの扱いをされないのだが、実は自分は結構女っぽいよなあと思うことがある。

それは、なによりアンニュイな男が好きなことだ。元気いっぱい、人生ハッピー毎日幸せな男性にはほとんど興味がない。『花より男子』でいうなら、道明寺よりも花沢類だし、『ガラスの仮面』でいうなら、里見さん、桜小路くんよりだんぜん速水さんである。

前々から述べているように、少女漫画ではアンニュイな男が爆発的に人気がある。人生辛そうなアンニュイな男に取り入ることができたら、自分こそがその男のオンリーワンになれるかもしれないという妄想が湧くからだ。そのため女は、男がアンニュイであるだけで、数々の御乱行を許してあげることができる。

『ガラスの仮面』では、さっぱりとなんの悩みもないモテモテ男の里見さんはさっさと退場して、その後登場しない。桜小路くんは、マヤに対してタイミングが悪いだけで、家は金持ちだし、付き合っている女がつまらないこと以外は特に悩みはない。マヤに関わる男の中で、圧倒的にアンニュイなのは、速水さんなのである。

速水さんは、冷徹な経営者といわれている20代の青年(若くてびっくりだよ)だが、ひたむきに一生懸命に生きるマヤに感銘を受け、密かに「紫のバラの人」としてマヤを影から応援し続ける。しかしマヤが速水さんに苦境を告げた直後に毎回、紫のバラの人から援助があるのだから、いい加減マヤも気づいたほうがいいと思うのだが、ずいぶん呑気にできているらしく、彼女が紫のバラの人の正体に気づくのは、かなり最近になってからである。

紫のバラの人には感謝の意が絶えないマヤだが、ヘレン・ケラーの役作りに悩んだとき、彼の好意により、夏の間に彼の別荘を借りる。しかしマヤはそこで窓ガラスは割るわ、カーテンは破くわ、室内はめいっぱい散らかすわで、もう幽霊屋敷状態にしてしまう。なんというか、いくら「自由に使っていい」と言われたとはいえ、意外と図々しい女である。

速水さんは、仕事の鬼ではあるけれど、恋愛に対しては非常に奥手で不器用だ。この辺も女心をくすぐるところである。マヤのことが大好きなのだが、自分の気持ちになかなか気づかないし、素直にそれを表現できない。マヤを応援するのに、ついついいじめたりけなしたりして奮起させるしか、やり方がわからない。それでまたマヤも呑気なものだから、「速水さんってなんて意地悪なの?」とか言っちゃって、彼の誠意に気づかないのだ。まあ、こういうやきもきが少女漫画の醍醐味でもあるのだが。

そしてマヤが紫のバラの人の正体を知り、速水さんの温かい心を知ると、突然そこで速水さんのかわいそうな過去が暴露されるのだ。愛情に飢えた少年時代。「愛に飢えた」ってのがまた独占欲をそそられていいバックボーンである。これは作者による「速水さん恋人昇格の儀」ではないか。アンニュイさを増して、男っぷりを上げさせたわけだ。まあ、同時期に月影先生と尾崎一蓮との過去も暴露されるので、暴露大会の一部ともとれるのだが(しかしストーリー序盤で月影先生は、「尾崎とは結ばれなかった」と言っているのだが、暴露話ではしっかりラブシーンが。長期連載で作者の気が変わったか、それとも時代が変わったのか)。

それにしてもこの物語は、基本的には「演劇根性物語」なので、恋愛に関する記述は非常に少ない。一度、全巻読み返した後に、必要な部分だけピックアップするため、恋愛シーンを探したところ、まあ恋愛シーンは数巻に1回あるかないか。だいたい、ひとつの演劇の物語に1~2巻費やしてしまうのだから、せっかく観劇に来てる桜小路くんや速水さんがなかなか登場できなくても仕方がないのである。

最後におまけ。熱を出して寝込んだマヤに、速水さんが飲み薬を口うつしで飲ませるという、「ガラカメ最大の萌えシーン」がある。ここにはなにかといわくがあるようだ。公式ホームページの読者からのコメントによると「薬が一ビン空っぽになってるが、全部いっぺんには飲ませすぎじゃないか」という鋭いつっこみがある。その上、昔アシスタントをしていた野間美由紀が、このシーンの速水さんにうっかり蝶々リボンを描いてしまったと自身の単行本で言っている……最大の萌えシーンにして事故多すぎ。本当に楽しい漫画である。
<つづく>