今日元気で会った人でも、明日会えるとは限らない。再会を約束しても、次はないかもしれない。
(『喪の旅 愛しい人に出会い直す』より)

愛する人を失ったとき、人はどのように生きていけばいいのでしょうか。悲しみを抱えたまま、それでも日々を重ねていく中で、少しずつ見えてくるものがあります。

今回は、死別の悲しみを抱いてどう生きていくかを取材した河合真美江さんの著書『喪の旅 愛しい人に出会い直す』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、妻を亡くしたフリーアナウンサーの清水健さんのお話をお届けします。

「ママは僕たちの胸の中に」息子の成長で悲しみに変化

  • ※画像はイメージです

    ※画像はイメージです

妻が出産112日で亡くなったフリーアナウンサーの清水健さん


「みなさんはどんな看護師になりたいですか。病と向き合わざるを得なかった一つの家族の形を伝えたい。こんな家族がいたら、どんな表情で、どんな言葉をかけますか」

大阪府高槻市で2024年の夏、国立病院機構近畿学生フォーラムが開かれた。講演会の講師はフリーアナウンサー清水健さん(48)。舞台の真ん中で看護学生たちに語りかけた。

妻の奈緒さんは2015年、乳がんで亡くなった。29歳だった。

スタイリストの奈緒さんとは仕事場で出会った。当時は読売テレビに勤め、報道番組に生出演する日々。緊張している清水さんに「大丈夫ですよ」と声をかけ、支えてくれた。

結婚し、妊娠してすぐに悪性の乳がんとわかった。家族3人で生きる。そう決めて治療を始めた。

14年10月、無事に出産。でも、病は進んでいた。以前から夢みていた沖縄・竹富島への旅。厳しい病状だったけれど、行きたいという気持ちは勝った。年末年始の休みに、家族3人で沖縄へ。笑顔の妻がいた。ビーチを歩いた。写真をたくさん撮った。そして――。

「息子が生まれて112日後に奈緒は亡くなりました。どんなにつらい治療でも痛いと言わなかった。生ききったかな? まだまだ、奈緒にはしたいことがいっぱいあったと思う」

もっとできることはなかったのか。妻の心に寄り添えていたか。今も自問自答する。

抗がん剤治療を続ける中、点滴の針を刺すのが難しくなっていった。苦労していた看護師が「奈緒さん、この血管は元気だわ」と泣きながら点滴をうってくれたことがある。

「看護師としては、泣くのはよくないのかもしれない。でも、僕たちはどんなに救われたか。無理とわかっていても、患者は生きようと思っています。みなさんは患者や家族の味方でいてあげることができる」

清水さんは講演をこう締めくくった。

「今を生きられなかった人たちがいる。でも、僕たちには今という時間がある。がんばっていこう」

息子はもうすぐ10歳になる。24年になって、息子の前で「あ~しんど。ママがいたらいいのにな」とぽろっと言ったことがある。息子は自分の胸に手をあて、言った。「ママは僕たちのここにいるんだよね」。

その姿を見て、大きくなったな、大丈夫だなと清水さんは思った。妻は息子の中にいてくれるんだなと。

小学校の入学式では、よく成長してくれたなとうれしく思いながら、妻に向かってつぶやいた。「なんで一緒に見てくれへんの」。

少年野球の練習試合で初めてバッターボックスに立った時。息子の足が震えていた。三振だった。なんて声をかけようか。妻がいてくれたら。

「マジ、いてくれよ~」。このごろ、声に出して言えるようになった。文句が言える。グチが言える。当たり前の夫婦に戻れているなと。

結婚生活は1年9カ月。闘病の時間が長かった。死と向き合う妻を見ているのは怖かった。最愛の妻を亡くし、あれほどつらいことはもうないと思う。

亡くなって9年、今も妻にLINEしている。「あの子が野球でヒット打ったよ。ほめてあげてね」とか、悩む時とか。既読にならない悲しみはハンパじゃない。でも、これまでと同じように会話しているつもりだ。

各地で500回以上講演した。妻の闘病、死別後の子育ての中で殻を作り、がんばってしまった。本当は味方が周りにいる。頼っていい。「後悔や反省点を話させてもらっています。かっこわるい姿をさらけ出して」。

17年に読売テレビを退社し、フリーに。最近、もう一度現場に戻りたいという気持ちがわいてきた。「一歩進んでいる父親の背中を息子に見せなくちゃいけないなあと」。

息子の成長とともに、悲しみへの向き合い方が変わってきたのかもしれない。清水さんはそう感じている。

清水健(しみず けん) 1976年、大阪府生まれ。元読売テレビアナウンサー、大阪経済大学特命教授。著書に『112日間のママ』『笑顔のママと僕と息子の973日間』。入院施設の充実を図る団体などへの支援活動もしている。

著者:河合真美江(かわい まみえ) 1963年、東京生まれ。1986年に朝日新聞社入社。松江支局や大阪本社整理部、文化部、金沢総局などに勤務し、文芸やジェンダー、死別と向き合う生き方などを取材してきた。2025年6月に退社。「ベルサイユのばら」で宝塚歌劇と出会い、小学生のころから50年以上見てきた。記者として歌劇100周年のころを担当。

『喪の旅 愛しい人に出会い直す』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

¥1,870(2026/1/16時点)
河合真美江 著
■詳しく見る