今日元気で会った人でも、明日会えるとは限らない。再会を約束しても、次はないかもしれない。
(『喪の旅 愛しい人に出会い直す』より)

愛する人を失ったとき、人はどのように生きていけばいいのでしょうか。悲しみを抱えたまま、それでも日々を重ねていく中で、少しずつ見えてくるものがあります。

今回は、死別の悲しみを抱いてどう生きていくかを取材した河合真美江さんの著書『喪の旅 愛しい人に出会い直す』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、11歳の息子を亡くした甲斐康子さんのお話をお届けします。

親同士でいっしょに料理、悲しみ共有してつながる

  • ※画像はイメージです

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サッカーが大好きだった11歳の息子を亡くした甲斐康子さん


息子がいる空の世界は、こちらとつながっている。今度会う時、おみやげをたくさん持っていこう。ママも一生懸命生きたよと。

横浜市に暮らす甲斐康子さん(47)はよく空を見上げて、そう思う。

2020年8月15日、長男の陽翔(はると)さんは小児脳腫瘍で亡くなった。11歳だった。サッカーが大好きで選手を目指し練習していた。

前年に頭が痛いと言い、最初は風邪と診断された。その後病気がわかり、手術や放射線治療を受けた。

陽翔さんはよくこう言った。

「かわいそうと思われたくない。病気と向き合っているんだから、がんばってるねと思ってほしい」

最期は自宅に帰ってのことだった。つらくても痛くても涙を見せない陽翔さんに「なんでそんなに強いの」と康子さんが尋ねると、こう励まされた。

「ママ、人生は1回きり。泣いてちゃダメだよ」

亡くなる少し前も、ベッドでリコーダーの練習をした。康子さんが支え持ち、陽翔さんはまひしていない方の右手を動かし、ふーっと吹いて音を出した。かすかな、渾身の音だった。

あきらめちゃダメなんだね。11年間の凝縮した人生で生きる意味を教えてくれた、と康子さんは思う。

ひとりぼっちだ――。だが亡くなった後、康子さんをすさまじい孤立感が襲った。だれにこの苦しい気持ちを話せるだろう。この悲しみを隠さなくていい場所はどこにあるのか。

入院先で知り合ったママ友に教わったのが、NPO法人「病気の子ども支援ネット遊びのボランティア」理事長の坂上和子さん(68)。東京都新宿区で30年ほど前から、入院中の子どもと遊んだり、病院につめる家族にお弁当を届けたりしてサポートしてきた。

事務所は通称「ハウスグランマ」。闘病する子どもと家族の実家「おばあちゃんち」だ。昨夏から訪れ、息子の話ができるようになった康子さんはある思いに救われた。

このような悲しみを抱いているのは自分だけじゃない―。

そして坂上さんに相談した。

「子どもを亡くした人たちが思いを分かち合う、グリーフケアの場がほしい」

坂上さんは戸惑った。悲しみの傷に触れられるのは、親たちにとって苦しいことではないのか。

ただ、ひらめいたことがあった。「一緒に料理するのはどう?」。

坂上さんはコロナ禍の下、調理師免許をとったところだ。料理が心を開くハードルを下げる気がした。

子どもを亡くした親たちと坂上さん、食器を洗ったりするアシスタントで調理する。22年5月の初回は水餃子とエビシューマイを作った。皮から手作りだ。

「調理に没頭して、泣く間はないですよ。手を動かすことが大事。夢中で作って、おいしいねと食べる時間がいいでしょ」と坂上さん。

「グリーフケアって大上段に構えないのがいいんじゃないかな。グリーフサポートという気持ち」

作った料理やコーヒーを楽しみ、親たちは亡き子どものことを話す。坂上さんは「そうだったんですね」と相づちをうち、聞く。

子どもの闘病中からサポートしてきた親や、同じように子どもを亡くしたその友人が連れ立ってくる。これまで13回開いた。

康子さんはここで「グリーフシェア」を感じる。

「安心して気持ちを話せる。悲しみを共有して、つながることができるんです」

会社員の夫、武久さん(48)も一緒に2回参加した。家でじっとしていて悲しみに押しつぶされ、散歩に出ても息子との思い出が浮かび、道ばたで泣いてしまうことがあった。

「ここでは夢中で料理するから悲しみを忘れられる。生き抜くための光なんです」と武久さんが言うと、「家に帰ればまた悲しいけれど、この場があることが力になって癒やされていくのだと思う」と康子さんはうなずく。

陽翔さんは旅立つ2カ月前、手術の時に言った。

「治してサッカーするんだ。そのために手術するんだよ」

強い言葉に力をもらい、康子さんも宣言した。

「すごいね。私も何か役に立てる人になるよ」

この約束を果たさないと、胸を張って息子に会えない。康子さんはその後、勉強して保育士の資格をとった。

入院中、陽翔さんは病棟保育士に工作を教わっていた。親子ともに支えてくれた保育士。いつか自分もなれたら。

今も陽翔さんを思うと、いくらでも涙が出る。だけど、こう言ってくれている気がする。

泣くより、しっかり生きてね、ママ。

著者:河合真美江(かわい まみえ) 1963年、東京生まれ。1986年に朝日新聞社入社。松江支局や大阪本社整理部、文化部、金沢総局などに勤務し、文芸やジェンダー、死別と向き合う生き方などを取材してきた。2025年6月に退社。「ベルサイユのばら」で宝塚歌劇と出会い、小学生のころから50年以上見てきた。記者として歌劇100周年のころを担当。

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