【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

山田家の寝室はダブルベッドを採用している。夫婦で隣同士に寝ているわけだ。

したがって我が家の睡眠時には、たまにこういう声が聞こえてくる。

「痛っ!!」真夜中の静寂を破るチーの悲鳴である。

これはつまり、僕の寝返りが悪いということである。隣同士に寝ていると、僕が寝返りをうったとき、その足がチーの肉体の一部分を無意識に殴打してしまうことがしばしばある。その力がよっぽど強いのか、チーはそのたびに激痛を感じるという。

もちろん、僕も気をつけるようになった。無意識の寝返り自体は防げないかもしれないが、なるべく二人の間に距離をとれば、寝返り殴打の危険性は減らせるはずだ。

ところが、不思議なことが起こった。

その夜の僕はなかなか寝つくことができず、隣で爆睡しているチーを恨めしく思いながら何度も寝返りをうっていた。もっとも、このときは意識的な寝返りのため、隣のチーを殴打することはない。慎重に睡眠体制を変えていただけだ。

すると、またもチーが叫んだのだ。「痛っっっ!!」

「どうした!?」思わず飛び起きた。いつもの寝返り殴打のはずはないため、何か他の理由でチーは悲鳴を挙げたに違いない。いったい何があったというのか。

「足、足が痛いの。血が出た……」チーは足をさすりながら悲壮な形相で訴えた。

「血が出た? なんで急に」

「とぼけないで。さっき足あてたでしょ」

「いや、あててないって」

「ちょっとあたったんだって。特に足の爪があたって血が出たの」

「はあ、ごめん……」とりあえず反射的に謝ったものの、本当は釈然としなかった。確かに"ちょっと"ぐらいは足があたったかもしれないが、しかし大袈裟に悲鳴を挙げるほどではないだろう。たとえ足の爪で引っかくような形になっていたとしても、あの程度の力で傷つくわけがない。ましてや、血が出るなんてありない。

「ちょっとオーバーなんじゃない?」僕が訝しげな視線を送ると、チーは舌鋒鋭く反論した。「オーバーじゃないって。男の力って、女にしてみれば超強いんだよ。男の感覚では弱いと思っていても、それが女にも通じると思ったら大間違いなんだから」

そう言われると、何も反論できなくなった。議題が人それぞれの痛みの感覚の違いになったからだ。痛いか痛くないかという二択に、理屈が通じるわけがない。「痛い」と口にした者、つまり被害を名乗り出た者が、圧倒的に有利に決まっている。

しかし、確かめてみると血は一切出ていなかった。それでもチーは悪びれることなく「あと一歩で血が出るところだった」と、痛々しい表情で足をさすっていた。

うーん、どうにも腑に落ちない。やっぱりオーバーな気がする。血が出なかったことについても、僕としては当然という感覚だ。あの程度の接触で流血するほど、人間の体はやわじゃない。要するに、チーは痛みに関して臆病なのだ。

とはいえ、チーが納得するわけはなかった。それ以降も同じような軽度の接触で夜中に大騒ぎすることがたびたびあり、僕の中に少しずつイライラが募っていく。

「痛っ!!」「オーバーだって。ちょっと足があたっただけやん」「それでも男の力は痛いんだって」「いや、絶対そこまで痛くないって」「痛いものは痛いの!!」

そんなやりとりが続く不毛な日々。以前は一応素直に謝っていた僕だが、こういうことが何度も続くと、みるみるイライラが大きくなっていき、最近は半ば意地になって抗議するようになった。絶対に自分の非を認めてやるもんか。チーがオーバーなだけだ。

それに、ある時点から僕は自分の正当性に自信をもっていた。以前、あんまりチーが騒ぐので、どの程度の痛みまでなら大丈夫なのかと、ちょっとした実験を試みたのだ。

方法は至って簡単である。まず、僕がチーの腕をやんわり叩く。どの程度のやんわりかというと、赤子でも痛くないレベル、言わば"触れる"ぐらいの感じだ。そして、そこから一段階ずつ叩く力を強くしていき、チーが痛いと思った時点でストップする。そうすれば、チーの痛点を肌で感じることができる。今後の基準になるだろう。

「じゃあ、いくよ」僕はチーの腕をとり、まずは第一段階の赤子レベル(触れる程度)を試すことにした。「ちょっとずつ力を強くしていくから、痛いと思った時点で言えよ」

「わかった」チーは早くも表情を強張らせていた。しかし僕は構うことなく、人差し指と中指でいわゆるシッペの形を作り、チーの腕の上で少しだけ振りかぶってみる。

「痛っっ!!」その瞬間、チーがいつもの悲鳴を挙げた。

「早いって! まだあたってないじゃん」

「やっぱイヤだ。想像しただけで痛いもん!」

「……」弱った。思わず吐息をつく。全身がみるみる脱力した。

間違いない。チーは単純に臆病なだけだ。痛みにオーバーなだけだ。かくして、我が家では今も真夜中の悲鳴が鳴りやまない。そのたびに起こされるから、厄介である。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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