東京都日の出町にある、不思議な私設図書館、少女まんが館。後編の今回は管理人である中野さんご夫妻に、成り立ちから聞いてみた。

もともとは純粋に少女まんがファンだったというご夫妻。しかし新古書店も少なかった時代、少女まんがは買い取りも受け付けてくれず、ゴミ同然に捨てるしかなかったという。そんな様子を前に、ご主人はあるときハタと「なんてことをしてしまったんだ!」と強く後悔。以来、少女まんが図書館の構想を持つようになったという。そして10年ほど前に当時のパソコン通信にその希望を書き込んでみたところ、「うちの実家が空いてますよ」と声をかけてくれる人がおり、こちらの家屋を借り受けた。

もともと村の小学校の校長先生のお宅だったというこの家屋、当初はかなり荒れ果てており、シロアリ駆除や雨漏り対策などはなかなか大変だったらしい。最初は修繕しつつ倉庫として利用していたが、都心から遠いこともあって6年ほど前に中野さんたちは移り住み、2002年の8月から図書館として一般開放をスタート。ネットの普及や、マンガ文化の評価なども追い風となって、以前に比べればずいぶん運営しやすくなったとか。「長く続けるためにも無理はしない」という方針なので、いまのところ木曜のみの開館だが「週末にも開放してほしい」という声はやはり多いので、将来的にはなんとかしていきたいという。

大多数の蔵書は離れにある閉架図書に閉まってあるそうなので、見せていただいた。閉架と言え、子どもたちが入らないようにしているだけなので、一般の来館者でも閉架を見たい方は気軽に声をかけてほしいとのこと。

書庫になっている北向きの離れは、まさか奥多摩だからということもないだろうが、結構な底冷えがする。おまけに床も歩くたびにギシギシ鳴るので、こちらの足取りもついおっかなびっくりになってしまう。最低限の通路だけ残して何列も何列も並べられた本棚には、門外漢でも知っている有名どころの名前もあるが、むしろすごいのは雑誌や、あまり知られてない作家の単行本もまとめて保管されていることだろう。見る人が見ればここの蔵書の貴重さがより際立つに違いない。今回ばかりは少女まんがへの不見識を後悔させられた。

書庫に案内していただきます。書庫というかまあ、民家の離れとでも申しましょうか……

このように奥までぎっしり。まだ古くない作品は自前で所有している人が多いからなのか、意外にも70年代より80年代のほうが少ないとか

未整理のものもまだまだ多い。さすがに管理人のおふたりだけでは整理も追いつかないという

天井付近まで赤白の背表紙が並ぶ。写真に写っているのは太刀掛秀子、谷川史子、萩岩睦美、柊あおい、水沢めぐみなど

動画
書庫の手前から奥までを動画撮影。狭いので抜き足差し足でかなり怪しげですが

しかも、これらはすべて古本、つまり何らかの形で人の手を渡ってきたものなのだ。図書館や資料室によくある無機質なロッカー群という光景にも物言わぬ本たちの凄みがあるが、この少女まんが館では、少女たちの思い出の品々が、何代も続いた古い木造家屋の奥でひっそり眠っているという収まり方が妙にしっくりくる。雰囲気を言葉ではなかなかうまく説明できないが、春でもひんやりするこの空間には、いかにも和服を着た小さな座敷童がどこかに住んでいそうだ。

最初に中野さんが所有していた少女まんがは500冊ほどだったが、全国からの寄贈を受け入れ続けて、蔵書は現在では3万冊ほどにまでなったという。「事情があって少女まんがを手放さざるを得ない。でも売ったり捨てたりするのは忍びない」という人にとっての、少女まんが館の存在は中野さんたちが予想していた以上に大きかったようだ。まだ少女まんが館に足を運んだことがない遠方の人も、メールなどで熱心に気にかけてくれるという。少女まんがの駆け込み寺と言うか、ともかく全国の少女の心を持つ人たちの善意に支えられて少女まんが館は現在に至る。なんとなく畏れ多い気持ちで撮影を行い、離れを後にした。

弓月光が初連載をしていた1970年当時の『りぼん』。「グンバツ」「ヤング」「チャオ」など声に出して読みたい見出しがいい味

別冊ふろくの『一条ゆかり全集』などなど。こういうものが平気で出てくる少女まんが館もすごいが、いまでもバリバリ現役の一条先生もすごい

最近の作品はあまり置いてないそうだが、それでも『NANA』のようなメジャーどころはある。下段はTVアニメ化や実写映画化され、焼きそばマンガとしても(?)メジャーな『伊賀野カバ丸』

こちらは1974年の『別冊マーガレット』。表紙には『ガラスの仮面』で知られる美内すずえや、『スケバン刑事』を代表作に持つ和田慎二などの名前も

1973年創刊の『別冊セブンティーン』。この金髪の女性、最近どこかで見たような気がする……と思ったら美輪さんにそっくり

中野さんのお気に入りという神奈幸子、上原きみこの単行本。「ファン以外への知名度は高くないですが、当時の雑誌には必ず載っていた人たちです」

どう見ても難易度が高そうな『ベルサイユのばら』ぬりえ(左)。右は『ポーの一族』カレンダー。『ポーの一族』だけに200年分載ってるのだろうか……

少女まんが関連の同人誌もある。市場には流通してないだけに貴重な資料の数々。こういうのを畳の上に広げてしまうのもここならでは

送られてきた段ボールに入っていた『風の谷のナウシカ』の英語版マンガ。『アニメージュ』の別冊付録らしい

少女まんが雑誌と言えば、忘れてはならないのが付録の数々。こちらはマグカップだが、バッグやレターセットなども保管してあるとか

「少女まんが以外にも、もっとこういう場所が全国に増えてほしいですよね。文化保存の意味でもいいことだし、単純に楽しいですしね」とご主人。今年は祝日となる4月29日にも開放するそうなので、興味を持った方はぜひとも時間をゆるめに取って、足を運んでみてはいかがだろうか。

3月の東京国際アニメフェアに貸し出していた物品が戻ってきたので、さっそく床の間に並べてお手製の企画展を開催。桜が風流

貸し出していた展示品はこんな感じ。右の緑の冊子は、里中満智子の少女まんがを読者が雑誌から切り抜いて、手作りの表紙をつけたもの。愛です

こちらは1981年の同人誌『らっぽり合体任侠号 兄弟仁義』。「やおい」という言葉を初めて公の場で用いたといわれる伝説的同人誌

ご主人の本業は、実は文筆業。また夜道を歩くナイトハイクのイベントなども行っている。近著『東京サイハテ観光』は、交通新聞社から絶賛発売中

夜になったら看板を閉まって閉館。「ゲストハウスとか作って、泊まれるようにもしたいですねえ」とご主人

<お知らせ>
少女まんが館では、少女まんがとその関連書籍の寄贈を受け付けています。詳しくは少女まんが館までメールでお問い合わせください。
また少女まんが館では、保管場所に空きスペースを作るためと、散逸のリスクを分散させる目的で、重複分の蔵書を譲り受けてくれる人・団体を探しています。少女まんが館と同じく、蔵書を共有物として活用してくれる人・団体に限りますので、私的な目的での申し込みはご遠慮ください。こちらも詳しくは少女まんが館までメールでお問い合わせください。