悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「伝えたいことが部下にうまく伝わらない」と悩む管理職へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「伝えたいことが部下にうまく伝わらない」(40歳男性/企画関連)

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上司にとって、部下に「伝える」ことはとても重要な仕事のひとつ。しかしそれは、とても難しいものでもあります。また、そもそも上に立つ人間には、誤解されやすいという側面も少なからずあるでしょう。

なにかとネガティブに捉えられがちであるため、よかれと思って伝えたことが、本意とはまったく違って解釈されてしまったりするわけです。

だからこそ上司は、今回のご相談のように「伝え方」で悩んでしまうことになるのかもしれません。個人的にも似たような経験がありますが、どうあれそれは精神的にもつらいものです。

「適切なことば」で共感を得る

では、伝えたいことが部下にきちんと伝わり、その結果として信頼されるようになるために、上司はどうしたらいいのでしょうか?

部下が主体的に動き、明るく業績のよいチームがあります。そんなチームのリーダーは、いつも笑っていたり、時には部下にツッコまれたりしています。
そんなリーダーになぜ部下はついていくのでしょうか。
それは、部下から共感されているからです。私自身、いくつかのチームを率いて気づきました。
そして、共感されるかどうかの大きなポイントが「適切な言葉」なのです。(「はじめに」より)

『共感されるリーダーの声かけ 言い換え図鑑』(吉田幸弘 著、ぱる出版)の著者は、このように述べています。

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    『共感されるリーダーの声かけ 言い換え図鑑』(吉田幸弘 著、ぱる出版)

「適切なことば」を使うリーダーは部下を主役にし、自身は補佐的な役割に徹するもの。すると、部下が主体的に動くようになるというのです。

著者は日ごろから「ことばは武器にも凶器にもなる」と主張しているそうですが、つまり武器になることばは部下を輝かせることになるわけです。またその一方、凶器になるようなことばは、部下の力を弱めてしまうことにもなりかねません。

例として、部下のモチベーションを落とさずに指摘したい場合の、「モヤッとされる声かけ」と「共感される声かけ」を比較してみましょう。

× モヤッとされる声かけ
「このシステムを導入するとだいぶ効率的になるね。でも予算を考えると難しいかな」
共感される声かけ
○「このシステム、予算を考えると難しいかな。でもだいぶ効率的になるね」
(136ページより)

どちらも同じ内容を伝えているわけですが、いわれた側の捉え方は大きく変わるようです。

「モヤっとされる声かけ」では、「予算を考えると難しいから、いちおう効率的だといっているだけなのかな」という印象を部下に与えてしまう可能性が。

一方、「共感される声かけ」だと、部下は「予算の問題はあるけど、上司も賛同してくれたんだな」と感じることができるわけです。

もう1つ例を挙げていきます。
「大口顧客A社との契約も締結して素晴らしいね。ただ、ミスが増えているから注意して」。
このように、褒められてから叱られると、「ミスを注意して」という内容が頭の中に残ります。形式上褒めておいた感が強くなります。
一方で、叱られてから褒められるとどうでしょうか。
「最近、ミスが増えているから注意して。大口顧客A社との契約も締結して素晴らしいのだから」(136ページより)

たしかに後者のように伝えれば、「ミスを指摘されたけど、大口顧客受注を認めてもらった」という印象のほうが強く残ります。

最後のことばの印象は強く残りやすいということで、著者によればそれは「親近効果」というものなのだそう。だからこそ、「ほめてから叱る」よりも「叱ってからほめる」にしたほうがいいのでしょう。

「何度いわせるんだ」と思ったら

ところで、何度伝えてもわからない部下に対し、上司が「何度いわせるんだ」と怒ってしまうというような場面はあるものです。たしかに、何度も伝えたことを守ってくれないとしたら、そういいたくなる気持ちもわからないではありません。

とはいえ当然のことながら、「何度いわせるんだ」は禁句。

そしてこのことに関連し、『世界の先人たちに学ぶ 次世代リーダー脳』(山元賢治 著、日刊現代)の著者はジョン・F・ケネディ(アメリカ合衆国第35代大統領)の次のことばを引き合いに出しています。

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    『世界の先人たちに学ぶ 次世代リーダー脳』(山元賢治 著、日刊現代)

中間管理職と真のリーダーシップとの微妙な半歩の違いは、プレッシャーの下で優雅さを保てるかどうかだろう(88ページより)

そしてもうひとつ、著者がかつて一緒に仕事をした、そして、いちばん尊敬する人物であるというEMCのCEO(当時)、マイケル・ラトガース氏から投げかけられたことばも引用しています。

こちらもまた、リーダーシップに関する重要な意見なのでご紹介しておきましょう。

「リーダーの仕事は実に退屈なものだ。リーダーの仕事はみんなが本当に理解してくれるまで何度も、何度もただただ同じことを繰り返し話すことなんだよ」(90ページより)

相手によっていうことを変えない。自分のメッセージを、社員や顧客、パートナーなど、すべての人が心の底から理解してくれるまで、簡潔に、ていねいに繰り返すことが大切だという考え方。

「何度いわせるんだ」といいたくなる気持ちもわかりますが、これこそがリーダーの大切な使命だということです。

部下もお客さまも取引先も、仕事が忙しかったり、体調が悪かったりして、あなたの話に集中できないこともあるでしょう。そんなときも慌てず、伝わるまで何度も繰り返すこと。「何度同じことを言わせるんだ」と怒るなど論外です。(91ページより)

部下であろうとお客さまであろうと差をつけることなく、伝わるまで真摯に伝えるべき。これは、ぜひとも頭にとどめておきたい重要なポイントではないでしょうか?

「報・連・相」しやすい反応を

一方、部下の不備を指摘する機会も上司には多いものです。たとえば部下の報告が遅れたため重大なトラブルが発生したりしたら、思わず「なぜ、そんな大事なことを伝えなかったんだ!」と叫びたくなることもあるかもしれません。

そういった場合、報告が遅れた部下に問題があることは事実でしょう。しかし『あたりまえだけどなかなかできない 上司のルール』(嶋津良智 著、明日香出版社)の著者は、「問題はそれだけでしょうか?」と疑問を投げかけています。

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    『あたりまえだけどなかなかできない 上司のルール』(嶋津良智 著、明日香出版社)

いうまでもなく、「報連相」(報告・連絡・相談)はビジネスパーソンに必須の条件。それがしっかりできない部下の多くは、問題が発生したとき、上司に報告・相談するのが遅いわけです。しかし、それは能力の問題というよりも、意識の問題だと著者はいうのです。

どんな部下だって、問題が発生すれば「マズイ」という意識はあるはずです。その瞬間、上司の顔が浮かんでいる人だって、きっとたくさんいるはずですが、すぐには報告しない。そこに問題があるのです。 上司としては、悪いニュースをどんどん報告してくるような環境、雰囲気をつくってあげなければなりません。(180〜181ページより)

ミスをしたとき、「報告したら、怒鳴られるだろうなあ……」「また、ヒステリックに怒られるなあ……」という思いが部下の頭をよぎったとしたら、ついつい連絡が遅れてしまうのはむしろ当然の話。

しかし、上司がどんなに怒ったとしても、部下がスムーズに報告するようにはなりません。それどころか、「なんで、こんなに報告が遅いんだ!」などと怒れば怒るほど、次も報告しにくくなってしまうことでしょう。

それではなにも解決しませんから、事態を冷静に受け止め、どうしたらいいか一緒に考えるなどの対処をすることのほうが先決なのです。

「上司に報告すれば、一緒に考えてくれる」「上司に相談すれば、解決策が見つかるかもしれない」という気持ちを持たせることが大事なのです。(181ページより)

つまり、たとえ部下がミスをしたとしても、必ずしも報告・連絡・相談があった瞬間に叱る必要はないということ。感情に任せて怒ることが目的ではなく、それではかえって部下を萎縮させてしまうだけ。

まずは事態を収束させ、あとから落ち着いてミスの原因などを検証し、再発防止に努めればいいのです。

逆にいえば、報連相がうまくいかない原因は、上司の反応の仕方だと考えることもできそうです。