悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、自分のキャリアに悩む人のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「キャリアアップには転職が必要なのだろうか、現職のままでも成長できるのだろうか」(36歳男性/技能工・運輸・設備関連)


会社勤めをしていれば、誰でも一度か二度は転職を考えるものです。僕も20代後半のころ、「このままじゃダメかもしれない」と転職を意識したことがあったなー。当時はまだ、キャリアのキャの字も理解していなかったくせに。

でも、あのときよかったのは、上司からシンプルで適切なアドバイスをもらえたことでした。「この仕事を続けていいのか」という悩みをストレートに打ち明けたところ、あまり多くを語るタイプではないその上司から返ってきたのは「……あんまり、いろいろ考えすぎないほうがいいですよ」という答え。

たったそれだけなのですが大きく納得でき、なんとか乗り越えることができたのです。

それで「がんばるぞ」と一念発起して結果も出せるようになったころ、今度は会社が倒産したため「転職せざるを得ない」ことにもなったりしたんですけどね。いまだから笑えますが、まー、生きていればいろんなことがあります。

そんな無駄話はともかく、「転職すればすべてが解決するのだろうか?」という葛藤に直面したときには、とにかく慎重になることがいちばん大切だと思います。「不安」「不満」「焦り」などに背中を押され、じっくりと考えないまま行動してしまうと、取り返しのつかないことにもなりかねないからです。

しかし、だとすればその時点で、「じゃあ、なにを参考にして考えればいいんだ?」「相談できる相手なんかいないんだ」というような問題に直面する可能性もあるでしょう。

そんなときこそビジネス書です。転職に関する書籍はたくさん出ていますから、それらからさまざまな意見を確認し、納得できるものだけを吸収していけばいいわけです。

たとえばそのスタートラインとして、次の3冊を参考にしてみるのはいかがでしょうか?

自分にとって最良な転職のスタイル

  • 『このまま今の会社にいていいのか? と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(北野唯我著、ダイヤモンド社)

転職を考えることは、じつは働き方だけではなく、生き方にも影響を与えます。振り返れば、結局、仕事でダメな上司に付き合わないといけないのも、価値のない商品を嫌々営業しないといけないのも、予期せぬ異動に振り回されるのも、「いつでも転職できる」と確信できるだけの市場価値がないからではないでしょうか。もしその確信があれば、そんな嫌な仕事はすぐに辞めればいい。あるいは交渉材料にして会社を変えていけばいい。(「はじめに」より)

このように主張するのは、『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(北野唯我著、ダイヤモンド社)の著者。これまで人材系メディアの立ち上げに参画し、多くの論考を発表してきたという実績の持ち主。根底にあるのは、多くの方々の「本質的な悩み」に答えたいという思いなのだそうです。

本質的な悩みとは、「どうやって一生食べていくか?」「どう自分のキャリアをつくっていくか?」「自分の職業人生をどう設計していくか?」などの問題。多くの人は、それらに対する、長期的な視点からの「答え」が知りたいのではないかと考えているというのです。

とはいえ、転職は誰にとっても怖いもの。転職の一歩を踏み出すとき、「悩み」を避けることはできないわけです。しかし、それでも安心してほしいと著者は強調しています。

冷静に考えてみて、あなたとまったく同じ顔に生まれ、同じ場所で育ち、あなたと同じ仕事をして、あなたと同じ年で結婚する人はいません。顔も育ちも、性格も違う。だとすると「完璧なロールモデル」を世の中に探したって、どこにも見当たらないのは当然。だから不安になって当たり前なのです。(「はじめに」より)

だとすれば大切なのは、「自分にとって最良な転職のスタイル」を見つけ出すことであるはず。そのため著者は本書を通じ、すべての人が「いつでも転職できる状態」をつくりたいと願っているのだそうです。

理由は明快。すべての働く人がいつでも転職できるだけの「市場価値」を持てたとしたら、生き方すらも変わる可能性があるから。そこで、単なるうわべだけの「転職情報」ではなく、情報を見極める「思考の軸」に重点を置いているというのです。

特徴的なのは、「転職に関するさまざまな不安や葛藤に寄り添う」ことを目的とし、物語形式を採用している点。ビジネスパーソンである主人公の行動を追うことで、実際の転職に必要なことを習得できるようになっているのです。

転職に関する5つのポイント

『10年後に後悔しない転職の条件』(佐藤文男著、経済界)の著者は、長きにわたりヘッドハンターすなわち人材コンサルタントとして人材サーチ(人材紹介)の仕事に携わってきた人物。

  • 『10年後に後悔しない転職の条件』(佐藤文男著、経済界)

そのような立場にいると、ビジネスパーソンが持つ「転職に対する意識」と転職の現実との間にあるギャップを感じることがあるといいます。そこで最初に、「転職あるべき論」と題し、転職に関して一般的に把握しておいてほしいという5つのポイントを紹介しています。少し長くなりますが、大切なことなので引用しておきましょう。

(1) 今の会社で仕事がうまくいかない人は、転職先でもうまくいかない
転職先で成功する人の条件をひと言でいうなら、「今の会社でも仕事ができる人」です。これまでの仕事で成功体験なり、一定の実績を残していない人は、新しい会社に転職してもまず成功は難しいと思われます。

(2) 転職は、年齢よりも実力が重要
今の転職市場では、即戦力として通用する20代後半から30代前半が売れ筋だと言われていますが、他社でも通用する専門性(キャリア)がないと簡単に転職は決まりません。逆にしっかりとしたキャリアさえ持っていれば、たとえ50代の人でも転職は可能です。最終的に転職というのは、年齢ではないのです。

(3) 年収が高い仕事はそれだけ高い成果を求められる
高い給与をもらっている人は、転職後にそれだけ高い仕事の成果を強く求められます。そこを意識せずに、高い給与に引かれて安易に転職してしまうと、後で泣きを見ます。

(4) 「人間関係がうまくいかないから転職する」人は、転職先でもうまくいかない
現在の職場で人間関係がうまくいかない人が新しい職場に移れば、人間関係でまったく苦労しないということはありません。自分に問題がないかを検証する必要があります。

(5) 「仕事に対するプロフェッショナリズム」が必須
ただ漠然と会社から与えられた仕事をするだけではなく、きちんと実績や成果を出し、リターンとして報酬(給料)をもらうというプロとしての意識が必要です。(「はじめに」より)

これら5点を「転職あるべき論」と名づけたのは、転職は人生の重要な分岐点であり、決して安易な転職をすべきでないと考えているから。転職は、大きなチャンスにもなれば、大きなリスクにもなるもの。そのため転職を考える岐路に立った場合は、大いに熟考したうえで、慎重かつ勇気を持って第一歩を踏み出すべきだという考え方です。

そのような基本を軸として、本書では「転職をする理由」「転職活動の進め方」「円満退社のための技術」「転職後に成功する人の考え方」、そして「10年後に幸せになる転職に必要なこと」が解説されています。

2006年度版からはじまった『転職のバイブル』シリーズの第5弾として2014年に出版されたものですが、普遍的であるだけに、いまでも十分に役立つ内容。ぜひ読んでみていただきたいという思いからチョイスしてみました。

会社を財産と考える

『会社を辞めないという選択 会社員として戦略的に生きていく』(奥田浩美著、日経BP社)の著者は、そう信じてきたのだといいます。「ITの力で人を幸せにすること」が夢だと言い続けてきたという起業家。

  • 『会社を辞めないという選択 会社員として戦略的に生きていく』(奥田浩美著、日経BP社)

しかしそれは、会社に所属している「個人」にも言えることだというのです。いち会社員であったとしても、社会の課題を考えれば、やるべきことが見えてくるもの。そして会社は、大きな可能性を秘めた「人がつながりやすい場所」。

いいかえれば、人はどこにいても社会を変えることのできる存在。だからこそ、自分自身の想いを「いまいる場所」に注ぐべき。そこで、「会社員として起業家のように働く」ことの本書で説いているのです。

つまり「転職すべきか否か」よりも本質的な問題に焦点を当てているということ。会社を“使う”という考え方に焦点を当てているということです。

会社を使える、つまり“会社=財産”になるということです。自分には土地もお金もない。それでも会社があれば、自分のやりたいこともできるかもしれません。
もちろん、自分の土地やお金を使うように自由に会社を使えるわけではありません。年齢や社歴、組織の中でのポジションといったことから、財産をどれくらい使えるのかという制限はあるでしょう。しかしそれでも、大なり小なり何かしら使えるものはあります。そして、一番大事なことは、会社という財産を“使って”、あなたが会社や社会に何かを“与える”という発想です(41ページより)

転職を意識しはじめると、当然のことながら転職は多少なりとも目的化します。しかし、たしかにその一方には、「会社を辞めずに利用する」という発想もあるわけです。そこに焦点を当てた本書は、忘れかけていた大切なことを思い出させてくれるかもしれません。


先にも触れたとおり、転職の天敵は「不安」「不満」「焦り」ではないかと思います。なかでも特に厄介なのが焦り。不安になればなるほど焦る気持ちが大きくなって空回りし、悪循環に陥ってしまう可能性があるわけです。

でも、そんなことで失敗してしまうのはもったいない。焦ったところで物事が解決するわけではありませんし、考えるだけの時間は誰にでも与えられているものなのですから、上記の本を参考にしながら、じっくりと考えてみるのがいいのではないでしょうか。

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。