離婚の際、自分が親権者になったのにもかかわらず、相手(非親権者)が子どもを引き渡してくれないケースがあります。

婚姻中でも、相手に勝手に子どもを連れて行かれたとき、こちらが監護者に指定されたのに相手が強硬に子どもを引き渡さないケースもあります。そうすると「親権者なのに子どもと一緒に暮らせない」状態になってしまいます。

子どもを取り戻すためには「強制執行」をしなければなりません。

そしてこのほど、強制執行の方法を定める「民事執行法」が改正され、子どもの引渡請求をしやすくなりました。

本稿では、「子の引き渡しの強制執行」とは何か、また今回の民事執行法改正によってどのような点が変わるのかをご説明していきます。

子の引き渡しの強制執行とは

2019年5月10日、改正民事執行法が成立しました。交付日である5月17日から1年以内に施行される予定です。改正点はいくつかありますが、今回取り上げるのは「子の引き渡しの強制執行」です。

子の引き渡しの強制執行とは、子どもを引き渡す義務がある人が引き渡しに応じないときに、強制的に子どもを引き渡させるための手続きです。

主に問題となるのは、離婚した後、親権者でない側が子どもを親権者に引き渡さないケースです。婚姻中でも、監護者が指定されて子どもの引渡命令が出ているのに従わない場合には、この引き渡し請求が必要です。

このように、子どもと一緒にいる権利がなくなって親権者や監護者に子どもを引き渡さないといけないのに引き渡しに応じない人に対しては、強制的に子どもを引き渡させなければなりません。そのための法的手続きが子の引き渡しの強制執行です。

子の引き渡しの強制執行の流れ

子どもを引き渡させるための強制執行を行うときには、まずは裁判所の「執行官」に強制執行を申し立てて、いつどこに強制執行に行くか打ち合わせを行います。このとき子どもが確実にいる場所を指定しないと空振りに終わってしまいますので、子の引き渡しを成功させるには、事前に綿密な調査が必要です。

そして予納金という費用を支払い、執行官と打ち合わせた日時にその場所に向かい、子どもがいたら強制的に連れ戻します。

予想に反して子どもがその場にいなかった場合や、その場で子どもを連れてくることができなかった場合には、強制執行は失敗に終わってしまいます。

これまでの法規定の問題点

従来、子どもの強制執行は失敗するケースも多数ありました。それは、従来の民事執行法が子どもの引き渡しの強制執行を予定していなかったことと関係します。

民事執行法は、「動産」「不動産」「債権」に分けて強制執行の方法を定めていますが、「子ども」を強制執行の対象とすることを予定していません。現状の民事執行法では、子どもの引き渡しは「動産の引き渡し」と同様の取扱いをされています。

そして民事執行法上、動産の強制執行をする際には、「債務者の立会」が必要とされています。子の引き渡し請求の場合、債務者は子どもと一緒に暮らしている相手方です。

つまり、子どもの引き渡しの強制執行をするとき、子を連れ去っている相手方本人がその場にいないと子どもを連れてくることができなかったのです。

例えば、塾やスポーツクラブ、学校などに子どもの引き渡しの強制執行に行き、親権者が子どもをその場で連れ帰ろうとしたとき、相手がその場にいないというだけで諦めなければならない状況が生まれていました。このようなことは不合理ということで問題視されていたのです。

改正民事執行法によって変わること

今回、民事執行法が改正されて、子の引き渡しの強制執行においては、強制執行を行うために「債務者の立会は不要」となりました。

つまり、親権者さえいれば親権者と執行官とで子どもを連れてくることができるようになったのです。

このことにより、子の引き渡しの強制執行の成功率が上がり、きちんと「親権者」や「監護者」が子どもと一緒に暮らせる状況が作られやすくなることを期待できます。

従来と今後でどう変わるのか? 具体例で確認

抽象的な説明では、従来と今後とでどう変わるのかわかりにくいかもしれませんので、以下に具体例を示していきます。

従来の場合
Aさんは離婚の際に長男の親権者になりましたが、離婚後も元夫が長男と生活を続けており引き渡してくれません。それどころか一切会わせてももらえず心配しています。

そこで、裁判所に強制執行を申し立てました。

強制執行するには相手の立会が必要なので、執行官との打ち合わせの上、相手の家の前で待つことにしました。

子どもが帰ってきましたが、その場に相手もいたので大騒ぎになり、子どもも泣いてしまって家の中に入ってしまい、カギをかけられました。その後相手も「帰ってくれ」というだけで話にならず、2時間粘りましたがどうしようもなくて諦めました。

改正民事執行法施行後の場合
Bさんは親権者となったのに離婚後も元夫が子どもを引き渡してくれないので、裁判所に強制執行を申し立てました。

民事執行法の改正後は相手の立会は不要なので、相手がおらず子どもが1人でいるところに迎えに行くことにしました。具体的には「塾へ行く途中が良いのではないか」という話になりました。

執行官と一緒に子どもが通る道で待っており、子どもが来たところに話しかけて、無事に連れ帰ることができました。

以上のように、相手の立会が要るかどうかで強制執行の計画内容そのものも変わってきます。

養育費の取り立ても容易になる可能性がある

今回、民事執行法は債務者の財産に関する情報を取得するための方法についても改正をしています。

今までは相手方が養育費を滞納したとき、債権者自身が差し押さえの対象を特定しなければなりませんでした。相手の預貯金口座や勤務先などがはっきりわかっていないと差し押さえは不可能だったのです。

しかし、離婚後相当な期間が経過している状態でこのような情報を得るのは簡単ではないので、結局滞納されたまま諦めている方も多数でした。

このような状況に鑑みて、今回の改正では「確定判決などの債務名義がある場合、申し立てをすれば裁判所から金融機関や市町村、年金機構などに情報を照会してもらえる」という内容が盛り込まれました。

つまり、自分で相手の預貯金口座や勤務先を調べられなくても、裁判所から銀行に照会をして口座があるかどうか調べてもらったり、市町村や年金機構に照会して勤務先を調べてもらったりできるようになるのです。

このような制度ができれば、別居して没交渉となっている元夫婦でも、相手の財産を特定して差し押さえをしやすくなります。

まとめ

強制執行の手続き、養育費取り立てのための手続きは、いずれも複雑で専門スキルを要するものです。離婚後のトラブルでお困りであれば弁護士がお力になりますので、お一人で悩まずにご相談ください。

執筆者プロフィール : 弁護士 高橋 麻理(たかはし まり)

第二東京弁護士会所属。東京・横浜・千葉に拠点を置く弁護士法人『法律事務所オーセンス』にて勤務。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2002年検察官任官。東京地検、大阪地検などで勤務後、2011年弁護士登録。元検察官の経験を生かして、刑事分野の事件を指導、監督。犯罪被害者支援離婚問題に真摯に取り組んでいる。