前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

前回、チーの場違いなガリガリガリクソン発言によって、僕はチーのお母様に結婚話を切り出すタイミングを失った。しかし結論から言うと、その後なんとか仕切り直しに成功し、夕食が終わりかけの頃、ようやく「娘さんと結婚したいと考えています」と打ち明けることができた。多少唐突に切り出したのだが、お母様もさすが心得ており、僕が真剣に話し出すと、姿勢を正して聞いてくれた。

僕は最初のほうこそ緊張していたものの、話が進むにつれ、徐々に舌が滑らかに動き出した。自分でも不思議なぐらい気持ちが穏やかになり、心の底からほっと安堵したかと思うと、次いで全身を熱い感情が駆け巡ってきた。

それもそのはず、お母様があっさり結婚を快諾してくれたからだ。

「まだまだ未熟な娘ですが、健康なところは最大のとりえだと思っています。こちらこそ、よろしくお願いします」

お母様からそう頭を下げられた瞬間、僕の心の中でファンファーレみたいな音が鳴った。パンパカパーン、結婚おめでとー! やったよ、父ちゃん! まだ気が早いと百も承知ながら、僕は一気に有頂天になったというわけだ。

いやいや、実際あれは生まれて初めて味わう感慨だった。チー本人や自分の両親に結婚話をしたときより、チーのお母様から結婚を快諾してもらったときのほうが、はるかに結婚の現実味を感じた。これで結婚への第一段階はすべてクリアできたという実感と安堵が、全身からみるみる力を奪っていく。ほどなくして、どういうわけか両肩に激しい痛みを感じた。きっと今朝からずっと肩に力が入っていたのだろう。

その後、完全に緊張感が緩んだ僕はチーの実家近くの温泉で疲れを癒し、帰宅後は気を失ったように爆睡したらしい。「らしい」という表現をしたのは、そこらへんの記憶が僕の中では曖昧で、あとになってチーから聞かされたからだ。

「あの夜のあんたはすごかったよ。人の家で堂々とイビキかきながら、十時間以上も眠り続けるんだもん。普段は不眠症気味なのに珍しいね」

チーは今でもそんな話をよく持ち出してくる。確かに普段の僕は、病院にかかろうかと本気で悩むぐらいの不眠症であり、枕が変わっただけで睡眠に支障をきたすほど神経質な人間だ。それが初めて訪れた他人の家で、イビキをかきながら爆睡したのである。おまけに寝屁も数発かましたらしい。よっぽど疲れていたのだろう。

何はともあれ、これによって僕とチーの結婚ロードはまた一歩前進した。

しかし今後のことをぼんやり考えてみると、両家の顔合わせや式場選び、披露宴のプランニング、指輪の購入……など、まだまだやるべきことがたくさんある。いやはや、結婚って本当に大変だ。そういった結婚までの過程の中で、互いの意見が何度も衝突したり、予期せぬトラブルやハプニングに見舞われたりすることによって、あえなく別れてしまうカップルも少なくないと聞いたことがあるが、確かにそれもありえるだろう。なにしろ結婚には金もかかるが、労力もかかる。これらすべてのハードルを日々の通常仕事をこなしながら、ひとつひとつ乗り越えなくてはならないのだ。

なお、最近ではそういった面倒くさい段取りを嫌い、いわゆるカジュアル婚と呼ばれる超略式結婚をする若いカップルも増えているという。恋人同士の同棲生活の延長みたいなもので、例えば"できちゃった"ことをきっかけに婚姻届を提出し、あとは簡単なお披露目会を開くのみ。結婚を決めてから実際に籍を入れるまで、一カ月もかからないような超スピード婚も別に珍しくない時代である。

もちろん、それもいいと思う。結婚には勢いが大事という部分も確かにある。だから思い立ったらさっさと行動し、余計な儀式は省いて、なるべく迅速に入籍したほうが男女ともに胸が躍るというか、ともすればドラマティックかもしれない。

しかし、それでも僕はあえて面倒くさい段取りを、時間をかけてひとつひとつクリアしていこうと思っている。釣書の取り交わしはおろか、結納だってやるぞ。前時代的だと煙たがるなら煙たがればいい。入籍だって結婚式の日にするつもりなのだ。

もしかしたら、その間にチーがマリッジブルーになるかもしれない。結婚を思いとどまる可能性もないとは言えない。けど逆に言えば、長く煩わしい準備期間を見事に乗り越えたカップルほど、些細なことでは別れないような気がする。あれだけ苦労したのに簡単に別れたら割が合わない――。そんな人間心理が必ず働くはずだ。

そう考えると、結婚までの準備期間とは互いが互いを人生のパートナーとして深く認識するための時間的猶予だ。僕らには夫婦になるための、時間が必要なのだ。

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