noteの創作大賞2024を受賞したエッセイ「古生物学者の夫」を収録した『わざわざ書くほどのことだ』。日常のワンシーンをすくい上げるユーモアと、そこににじむ著者の人間味に心をつかまれる一冊だ。

私たちと同じように暮らし、仕事をし、ときに慌ただしい日々を過ごす著者・長瀬ほのかさんは、そんな日常のどこから“おもしろさ”を見つけ、言葉へと落とし込んでいるのだろうか。思わず通り過ぎてしまいそうな出来事にもそっと目を留める、その視点の背景を聞いた。

  • SNSでも話題、抱腹絶倒のエッセイ集『わざわざ書くほどのことだ』

    SNSでも話題、抱腹絶倒のエッセイ集『わざわざ書くほどのことだ』

エッセイは“死ななかったメモ”から生まれる

──『わざわざ書くほどのことだ』は、日常のささやかな出来事を切り取る視点がとても印象的です。そうした出来事を、どんなふうに拾い上げてテーマにしているのでしょうか?

基本はメモです。おもしろかった出来事や、印象に残った一言はだいたいメモしておいて、後から見返します。友だちと「あはは」って笑ったその瞬間に、スマホでメモすることもあります。メモがテーマの入口になっている感じですね。私、メモ魔なんです。

──意外でした! 長瀬さんのエッセイは、現在のエピソードから過去の記憶へと連想的につながっていく印象があったので、すべて覚えていらっしゃるのかと……!

たしかに、連想ゲームみたいに思い出をさかのぼりながら書いてはいますね。でも、覚えていることって本当に少ないんです。インパクトがあったから覚えているだけで、ほとんどのことは忘れている気がします。
むしろ記憶力がないからこそ、メモ魔になったんだと思います。

──ちなみに、最近はどんなメモをしましたか?

最近だと、「ご歓談中失礼します」っていうのがありますね。

──?

これは、夫と回転寿司に行ったときのメモですね。お皿を回収する担当の方がテーブルに来て、「ご歓談中失礼いたします。こちら、回収してよろしいでしょうか?」って言ったんですよ。それを聞いて、“寿司チェーンで聞く接客にしては丁寧すぎるだろ”と思って、すぐメモしました。

──え、そのエピソードをさっきの一言だけで書いてるんですか?

そうです。だから死んでいくメモがいっぱいあるんですよ。時間が経ってそもそも何のことか忘れちゃったり、酔っ払って書いたメモをシラフで見たら“何がおもしろかったんだっけ?”ってなったり。だから、メモの9割くらいは死んでます(笑)。

来るものを拒まず、お茶を濁し続けた10年間

──書籍の中でも「言葉にうるさい」と書かれていましたが、長瀬さんは一つひとつの言葉にすごく敏感な印象があります。回転寿司のメモもまさにそれを象徴しているというか。そういう感覚は、いつ頃からあったのでしょうか?

幼少期からですね。私は運動が苦手だったので、そのぶん本を読んでいたんですよ。小学生のとき、あの分厚い『ハリー・ポッター』を1日で読み切ったりしていて。そういう読書の影響はあるかもしれないです。

でも、もともと“言葉を使うこと”が得意だったんだと思います。これは親から聞いた話なんですけど、小さいころから大人と対等に話していたらしくて、「あんた、大人が笑ってる冗談の意味とかわかってたよ」って。言葉に関しては、ちょっとませてたみたいです。

──作文も得意だったそうですね。

はい。でも、本にも書いたんですけど、子どものころはとにかく目立ちたくなくて。だから作文も、賞に選ばれて朝礼で読まされるのは絶対に嫌だったんですよ。なので、受賞はしないけど先生は喜ぶ、ちょうどいい塩梅の作文を書いてました。気持ち悪いですよね(笑)。

ずっと周りのウケを狙って書いてる、ちょっと嫌なタイプの書き手でした。

──そんな長瀬さんが自分から「書きたい」と思うようになったのは、高校生のときに読んだ綿矢りささんの『蹴りたい背中』がきっかけだったと。

そうなんです。この作品を読むまでは、作家ってそれこそ『ハリー・ポッター』みたいな“想像の世界を書く人”だと思っていたんですよ。

でも、『蹴りたい背中』を読んで、自分が普段モヤモヤしていることや、うれしいと感じることを書いてもいいんだって思って。“こういうのもありなんだ”って。そこから一気に、書くことが自分ごとになりました。

──でも、そこから実際に作品を書くまでにかなりの時間がかかったそうですね。

かかりました。大学に進学したら書くぞ、就職したら書くぞって思いながら、まったく書けなくて。気づいたら、結局10年ぐらい経ってました。

大学時代なんて、めちゃくちゃ時間があったんですよ。就職だって、執筆の時間をとるために残業の少ない会社を選んだはずなのに……全然書かなかったですね。

──なぜ、時間はあるのに書けなかったんですか?

やっぱり“書く”って、いろいろ考えなきゃいけないし、要は頑張らなきゃいけないじゃないですか。でも私は、その“頑張る”ができなかったんです。

本気を出せば書ける、明日の自分は頑張れる——そう信じながら、テストがあれば勉強して、誘われたら飲みに行って。来るもの拒まず、なすがままに過ごしていたら、あっという間に30歳になっていて。“やばいやばいやばい、何をやってたんだ”って。

未来の自分はすごく能力高い気がしてたんですけど、全然そんなことなかったですね。

──書くために、文章に関わる仕事に就こうとは思わなかったのでしょうか?

私が生まれ育った北海道は、そもそも編集やライターの求人があまり多くなくて。そういう仕事をしたい人は、みんな上京するんですよね。でも当時の私は、今よりずっと“逆張り気質”が強くて。「けっ、そうやって東京に行けば輝けると思ってるんじゃねぇよ」って(笑)。

だから東京に憧れなんて全然なくて、むしろ“働きながら書けたらいいや”くらいの気持ちでした。まあ、結局書かなかったんですけど。

────書籍では、念願のペットとしてうさぎを迎えたり、30歳になる前に「何かやりたい」と思ってお寿司を習ったりと、行動力のあるタイプなんだなと思ったんですが、文章はなかなか書かなかったんですね。

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    一人暮らしを機に飼い始めたうさぎの「関根」ちゃん

うさぎは“飼うだけ”ですし、寿司は“申し込めばいいだけ”ですからね。でも“書く”ってなると、やり出してから形になるまでが長いというか……。

それに、「書けなかった」と言いつつ、一行くらいは書いたことはあるんですよ。でも、まあうまく書けないわけで。そうすると、次のやる気がなかなか起きないんです。

今思えば、自分でハードルを上げすぎてたんだと思います。とにかく書けばいいのに、文豪の文章ばっかり頭に入ってるから、ちょっと書いては“もうダメだ”って。だから、そういう小手先の面白いことばかりやって、お茶を濁してたのかもしれないです。

「いいことあるかも」で書き続けていたら、受賞していた

──長瀬さんが書き始めたのは、古生物学者である夫の「読みたい」という一言がきっかけだったそうですね。どうしてその言葉には素直に応えようと思えたんですか?

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    古生物学者の夫はアンモナイトの研究をしている

古生物学者の夫は、自分のやりたいことをちゃんと叶えている人で、私にとって初めて“尊敬できる”と思えた人だったんです。

それまでの私は、本当に人を尊敬することができなくて。誰かに文章を褒めてもらっても、「それがなんだよ」って思っていたというか。でも、尊敬している夫に褒めてもらえたら、それはきっとうれしいだろうなって思ったんですよね。

──エッセイを書き始めた当初は、どのようなことを書いていたのでしょう?

自分の身の回りに起こったことを書いていました。とりあえず書くハードルを下げるために、テーマや本数の目標も特に決めず、飲み会でしている“すべらない話”を文字に起こすような感覚で書いていましたね。

いちばん最初に書いたのは、唐突に買ったカメラの話だった気がします。カメラを買った理由というよりは、“急に思い切った行動をするときってあるよね”みたいな話で。

──視点が長瀬さんらしいですね。ずっと書けなかったのに、その後も書き続けられたのは、夫が読んでくれたことがやはり大きかったのでしょうか?

それも多少はあるんですけど、エッセイを書いているうちに、ブログをきっかけに本を出したり、作家デビューしている人がいることを知って、“書いていれば何かいいことがありそう”って思うようになったんです。

そのあと、天皇陛下の記事がバズって。それまではエッセイって“文章を書き始めるための第一歩”みたいな感覚だったんですけど、“あ、エッセイでもいけるんだ”って思えて。そこから気持ち的にも、自分の身の回りで起きた面白いことをどんどん書いていこうってなっていきました。

──その後、『古生物学者の夫』でnoteの創作大賞2024を受賞されましたが、この作品はどのように生まれたのでしょうか?

実は、ずっと夫のことを書くのは避けてきたんです。“古生物学者の夫がいます”って言ったら、そりゃウケるのは間違いないというか……。夫ネタに頼ってしまいそうで、それがちょっと嫌で。これも、私のちょっとした逆張りですね。

でも、エッセイに慣れてきたころに、夫を通して“自分”について書くならいいんじゃないかって思えたんです。それが、このエッセイを書いたきっかけでした。

もしエッセイを書き始めた直後だったら、夫の面白エピソードをただ羅列して終わってたと思います。

──受賞してみて、いかがでしたか?

  • 「note 創作大賞2024」授賞式時の長瀬さん

    note 創作大賞2024受賞時の長瀬さん

相当うれしかったです。メールで受賞の連絡を見たときは、宝くじが当たったのに近い感情でした。“私の人生、変わるかもしれん”みたいな。当たったことないですけど(笑)。でも実際、本を出せたので、人生ほんとに変わりました。

ちなみに受賞したとき、夫は山にアンモナイトを採りに行っていて、家にいなかったんです。直接報告したくて、山を下りてくるのを待ってから伝えたら、めっちゃ泣いてました。

そもそも、やり始めるためのやる気が出ない人へ

──やりたい気持ちはあるのに、なかなか始められない人って多いと思うんですが、最後にそんな人にメッセージをお願いします。

いや、ほんと全然“克服した側”の人間じゃないのであれなんですけど……「やれるときはやれるよ」って伝えたいですね。

“やる気はやり始めてから出る”みたいな言葉って、散々聞くじゃないですか。でも私はそれができなかったんです。あまりにもできないから、やる気を出すために一回食べてみたり、一回寝てみたりしたこともあるんですけど、成功した試しがなくて。

だから、やるべきときが来たらやれるくらいに思っておけばいいんじゃないかなと。ちなみに私は、“迷惑をかけちゃいけない”っていう気持ちを締め切りに利用して、なんとかやっています。noteも、ゾロ目の日に更新する“ゾロメ日記”で、なんとか続けているというか。

自分の中だけに秘めていると、どうしてもプレッシャーがなくて先延ばしにしてしまうんですよね。なので、信用できる人に話して、他人の目がある状態にした方がいいなと思っています。

それに、できない日々が続いても、そのことを考え続けたり、緩くでもしがみついていれば、そのうち「今だ!」っていうタイミングがきて、不思議とできるようになったりもするんじゃないかなと。

私の言葉が、同じ“やれない界”にいる人の希望になれたらうれしいです。

※『わざわざ書くほどのことだ』は、双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」にて試し読み公開中

(取材・文 しばたれいな)

【Profile】長瀬ほのか(ながせ・ほのか)

1988年北海道生まれ。東京都在住。好物は牡蠣と日本酒。「古生物学者の夫」がnote主催の創作大賞2024で双葉社賞エッセイ部門を受賞。受賞作を収録した『わざわざ書くほどのことだ』でデビュー。
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