
半世紀にわたりモータースポーツの最前線を支えてきたダラーラ。その起源は1972年、ジャンパオロ・ダラーラによる創業に遡る。彼はフェラーリ、マセラティ、ランボルギーニで経験を積み、さらにデ・トマゾのシャシー開発を通じてフランク・ウィリアムズ・レーシングのF1プロジェクトに関わったエンジニアである。以降50年にわたり、同社はオープンホイール用シャシーの分野で確固たる地位を築くと同時に、ワークスおよびカスタマープログラム向けのスポーツカー開発でも存在感を示してきた。
【画像】ダラーラの技術と思想が込められた、1台限りの希少車がオークションに登場!(写真11点)
2015年、ダラーラは新たな領域に踏み込む。公道走行のための認可、すなわちホモロゲーションを前提としたロードカー「ダラーラ・ストラダーレ」の開発である。プロジェクトはまず空力性能の追求から着手され、シャシー開発にはロリス・ビコッキが起用された。デザインはトリノのグランスタジオが担当。車重855kgという軽量な車体に、フォード・エコブーストをベースにボッシュが改良を施した2.3リッター直列4気筒ターボエンジンを搭載し、約400馬力を発揮する。現在もなお、イタリア・モーターバレーの中心、ヴァラーノ・デ・メレガーリで生産が続けられているモデルであり、最初の実働プロトタイプは創業者80歳の誕生日に合わせて納車された。
このストラダーレによって築かれた技術的基盤は、さらなる発想を呼び込む契機となった。2020年代半ば、パンデミックによるイタリアのロックダウンの最中、ジャンパオロ・ダラーラはひとつの構想を描く。公道走行の認可を持ちながら、レーシングカーと同じ純度で設計された一台限りの車。その実現に向け、社内の中核エンジニアリングチームが主導するプロジェクトが始動した。
その結晶が「ダラーラ MPS ”マッキナ・ポスト・シンゴロ”」、”モノポスト”=シングルシートである。
デザインの着想源となったのは、同社初のスポーツカーであるSP1000。最大の特徴は、車体中央に据えられたシングルシートのドライビングポジションにある。ドライバーを中心線上に配置することで没入感を極限まで高めると同時に、前面投影面積を抑え、空力効率の向上にも寄与する設計。ボリュームと基本ラインの構築後、アンドレア・グエッリがその造形を完成させ、彫刻的なフォルムへと昇華させた。
構造面ではストラダーレのリアセクションおよびドライブトレインを受け継ぎながらも、本プロジェクトの試作的性格により、多くの機械部品が新たに設計・製作されている。それらはすべて、ファクトリーの工房において熟練の職人たちが手作業で仕上げたもの。開発の中心に据えられたのはエルゴノミクス(人間工学)と乗降性であり、快適性、安全性、そして理想的なドライビングポジションは基本要件として扱われた。数多くの実走テストによる検証と、ロードカーとレーシングカー双方で培われたダラーラの経験が、その完成度を裏付けている。
空力設計は、高度でありながら意図的に要素を削ぎ落としたもの。シングルシートという構造を最大限に活かし、無駄を排した構成によって効率を極限まで高めている点が特徴である。
完成したMPSは、純粋なドライビングプレジャーのために仕立てられたトラックデイマシンだ。公道を自走してサーキットへ向かい、その道程そのものを楽しみ、ひとたびコース上で解き放たれれば本来の性格を余すことなく露わにする——その一連の体験すべてを含めて設計された存在である。
そして今回、この”モノポスト”がRMサザビーズの”モナコ”オークションに出品される。製造されたのはこの一台のみ。完全なワンオフモデルであり、同一の仕様を持つ個体は今後も存在しない。予想落札価格は70万ユーロ、約1億1,500万円以上とされる。
だが、この一台が持つ意味は価格や希少性だけではない。オークションによる収益はすべて「カテリーナ・ダラーラ財団」に寄付される。同財団は2021年、ジャンパオロ・ダラーラと娘アンジェリカによって設立されたもので、故カテリーナ・ダラーラの名を冠する。活動の中心はヴァル・チェーノ地域における社会的・文化的発展の支援であり、家族や若い世代、そして困難な状況にある人々へのサポートに重点が置かれている。
ダラーラが長年にわたり培ってきた技術、思想、そして走りへの純粋な欲求。そのすべてが凝縮された一台だ。