
BMWイセッタは、ときには減らすことで豊かになるという最高のお手本だ。バブルカーが走っているのを見て、とびきりキュートで個性的なだけでなく、最高に理にかなっているじゃないかと、ほんの一瞬でいいから考えたことはないだろうか。小さく、非常に経済的で、楽しさの詰まったこうした超小型車は、かつて様々な国で自動車の普及にひと役買った。当時は単なる移動手段だったが、今なら大いに楽しむために、この愛嬌ある小型車を所有するのもアリだ。
【画像】ガレージの片隅に1台置きたい!サイズは小さくても存在感は大きいイセッタ(写真6点)
のちにBMW製が成功を収めたイセッタだが、その物語は実はイタリアで始まった。生みの親は、バイクメーカーだったイソだ(のちにグリフォなどを世に送り出した)。創業者のレンツォ・リヴォルタは、当時フィアット500トポリーノが席巻していた大人気の小型車市場と、二輪車市場との間に隙間があると見抜き、その市場を利用できるモデルを開発しようと考えた。
こうして誕生したのが、1953年末に発売されたイセッタだ。極めて効率的で安価なバイクの機構を利用して、一般の車と(比較的)同等の安全性と実用性を実現し、4本のタイヤ(トレッドは前が広く後ろが狭い)をあの特徴的な卵形のボディで包んだ。ドライバーとパッセンジャーは、ヒンジで開くフロントドアから乗る。ドアに取り付けられたステアリングと計器盤ともども開く仕組みだ。
こうした初期イセッタは、最高出力9.5bhpで、最高速度も47mphと極端に遅かった。それでも数台がミッレミリアに出走すると、なんとエコノミークラスで上位を独占した。イタリアでは商業的に大成功とはならなかったものの、イソはこのコンセプトのライセンスを、フランスやスペイン、遠くは南米など、世界中の多くの国々に販売した。1955年、これをドイツで生産しようと考えたBMWが交渉して、生産設備も買い取った。しかし、BMWは設計を大きく手直ししたので、結局、オリジナルのパーツはひとつも流用できなかった。
最初のBMWイセッタ250は、1955年に登場すると大ヒットとなった。西ドイツでは二輪免許で運転できたことも理由のひとつで、これは、イセッタの250ccエンジンが、BMWのバイクで使われていた1気筒の4ストロークエンジンを改造したものだったためだ。1956年にドイツの免許規則が変更されてこの抜け穴がなくなると、BMWは排気量を297ccに拡大したイセッタ300を発売した。この新バージョンは、運転に四輪免許が必要になったが、いくぶんパワーアップしたおかげで走りが向上した。とはいえ、最高速は頑固なまでに遅い53mphだった。
1957年には、ライセンスを取得したダンズフォールド・ツールズ社がイギリス仕様の生産を始めた。当初の人気は振るわなかったが、まもなく登場した三輪バージョンは、必要な運転免許や税金の面で規制の緩さを利用できた。
その年後半に、イセッタの究極進化版である4シーターのBMW 600が登場した。要するにイセッタを引き伸ばしたバージョンで、フロントサスペンションとフロントドアは共通する。後席のスペースを確保するためにホイールベースを延長し、リアのトレッドも拡大、片側にドアが追加された。動力は20bhpの582cc水平対向2気筒エンジンだ。BMWイセッタの生産は1962年に終了した。
サイズは小さくても存在感は大きい。イセッタの魅力が現代にも通用するのはたしかだ。ガレージに小さな空きスペースはないだろうか。よい1台を見つけてそこへ押し込めば、愉快な時間をすごす準備は完了だ。
編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下 恵
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA
Photography: BMW AG